三、野放し危険



 がさがさと茂みをかき分けて木立の合間を進んでいくと、やがて前方に開けた空間が見えた。どうやら森を貫く道らしく、踏み固められた土が左右に延びている。
「待て」
 やっと抜けられたと息をついて、迷わず茂みから抜けようしたジオは、図上から制止の声をかけられて体の動きを止めた。
「木の陰に隠れろ」
 頭の上に乗られているから、どんな表情をしているのかはわからないが、さっきからこの珍獣はえらく横柄で遠慮がない。
 むっとしつつも、一応ジオはその言葉に従って手近な木の陰に身を寄せた。ジオは特に何かを感じるわけではないが、動物の鋭い感覚には侮れないものがある。ジオとしてはこんな未知の世界に放り込まれたことだけでも相当面倒なのに、更なる面倒に巻き込まれるのはごめんだった。
 アロイと名乗った珍獣は、ジオの頭から肩へと降りてきた。首に当たるふかふかした羽毛の感触は心地良いがくすぐったい。
 そのまま息をひそめて、アロイが見ている道の先を、ジオも注意深く眺めた。
 と、緩いカーブを描いて木々の向こうへ続いている道に、二つの人影が現れた。いずれも小柄な体型のようだが、身体にわずかな緊張が走る。
 近づいてくるその二人を油断なく観察していると、そのうちの一方に見覚えがあることに気づいて、ジオは小さく驚いた。
 体型や服装、歩き方、雰囲気。よく知る少年のものだった。
「レオン」
「メフリス」
 心当たりのある人物の名をジオが呟いたのと、アロイの言葉が見事に重なった。
 ばっ、と首を巡らせると、珍獣の金色の目とぶつかった。
「……知り合いか?」
「そっちこそ」
 訝しげに尋ねてみたジオに、アロイは相変わらず不遜な態度で切り返す。
 再びむっとなったジオだったが、こんなところでこんなときに珍獣相手にいがみ合っても何の得にもならない、と割り切って、歩いて来る二人の方へと視線を戻した。さっきよりも距離が近くなったので、相手の顔がしっかりと判別できる。
 茶髪に、紋様を隠すための頬の絆創膏、整った顔立ち、腰に佩いた銃。間違いない。相棒の弟子の一人、仲間のレオンだ。
 とりあえず、はぐれてしまった仲間の一人を早期に発見できたのは儲けだった。見たところ元気そうにしているし。
 ジオはレオンの隣の人物へと目を向けた。どういうわけか手を繋いで、始終にこにこした表情をレオンに向けている。当のレオンも嫌がるそぶりも見せず、馴染んだ様子で談笑に応じていた。
 見たところ悪い人物ではなさそうなのだが、彼女とレオンが醸し出す何ともほのぼのした雰囲気が逆に不審だ。いつの間に、どんな経緯を経て、あそこまで打ち解けたのだろう。何であんなに微笑ましい空気をまき散らしているのか。何があったんだと問い詰めたい衝動を覚えた。
 歳はレオンの姉弟子と同じかそこらだろう。中々可愛らしい風貌の少女で、緑茶のような色の髪と変わった形状の衣装がジオの目を引いた。
「あの子供がお前の仲間か」
「ああ。で、その隣があんたの連れか」
「そうだ」
 アロイと応答しながら、こんなこともあるのか、と、ジオは内心で偶然にしては出来すぎている展開に苦笑した。まあ、この運の良さに感謝しよう。悪くない幸先だ。この調子なら残りの二人とも案外簡単に合流できてしまうかもしれない。
(流石にそれは楽観しすぎか……)
 薄く自嘲の笑みを口許に浮かべて、ジオは木陰から抜け出て道へと足を踏み出した。肩の上の珍獣も、今度は制止の声を上げなかった。


 道の脇から滑り出た人影に、二人は驚いた様子で足を止めた。まあ、当然の反応だろう。
「よう、レオン」
 気負いなく片手を挙げて声をかければ、呼ばれた少年は大きな目を更に大きく見開いて驚愕したかと思えば、次の瞬間には一気に泣きそうな顔になった。
「じ、ジオさん……!」
「おいおい、何情けない声出してんだよ」
「二度と会えないかと思いました……!」
「………………。洒落になんねえぞ」
 駆け寄ってきたレオンの本気で心配そうな顔を見て、自分たちが体験したこと、置かれている状況が凄まじいものであるということを、ジオはまざまざと感じた。というか、今まで「何とかなるだろ」的な心構えでいられた自分の図太さがおかしい気がする。
「ふ、魔力を持たない人間の次は、人外の魔力を宿した子供か。中々面白そうだな」
 唐突に、アロイが口をはさんだ。ジオの肩の上から細長い首を伸ばして、レオンの顔をじっと見ている。
 魔力がどうだとか、一目見ただけで看破できるものなのか、魔力を持たないジオにはわからないが、どちらにせよ、この珍獣は目ざとい。
「………ジオさん、その生き物は何ですか……? 人魚の次は、ドラゴンの子ども……? てゆうか今、それしゃべりましたよね……?」
 呆然と瞬きをして、レオンはジオの肩に乗っているものを指差した。
「見ての通り、珍獣だ。しかも、俺たちがここにいる直接の原因は、こいつにあるらしいぞ」
 言いながら、ジオはアロイの首根っこを引っ掴んで自分の肩からはがした。
 その途端、短い悲鳴がジオの耳に届く。
珍獣が発したものかと思ったが、違った。声はこれまで状況を黙って見ていた、緑の髪の少女のもので、彼女はどういうわけか青ざめた険しい表情でジオに詰め寄ってきた。
「ちょっと、あなた…! アロイさんになんてことするんですか! 後でどうなっても知りませんよ!?」
「は?」
 ジオが少女の剣幕に戸惑っていると、アロイは身をよじってジオの手から抜けだし、そのまま少女の肩の上に着地して、満足気に息をついた。
「ふう。やはり野郎よりも若い女の方がいいな」
 オヤジか。ジオは口の中でツッコミを入れた。
「だ、大丈夫なんですかアロイさん……。あんなことされて、暴れたりしませんか…?」
「ああ、今はな」
「そ、そうですか……」
 どういうわけか少女はうろたえた様子で冷や汗を流していた。ジオとレオンには今の会話の意味もよくわらない。
「メフリスさん? 大丈夫ですか?」
気遣わしげにレオンが声をかけると、少女は曖昧にだが微笑んで、うなずいた。
「う、うん……。大丈夫、何でもないよ……。でも、良かったね、レオン君。仲間の人と会えて」
「はい、本当に。僕、何日も探す覚悟を決めてたんですけど、ここでジオさんと合流できて本当に良かったです。しかもメフリスさんの知り合いと一緒にいたなんて……」
 偶然てすごいですね、と続けながら、レオンは再度、メフリスの肩に乗った生き物へと目を向けた。さっきから気になって仕方がなかったようだ。
「あ、こちらはアロイさん。えっと……。こう見えても、すごい魔術師なの」
 レオンの視線に気づいたメフリスは自分の肩を示して紹介するが、途中で微妙に説明につまったというか、どう言っていいのかわからず困ったようなそぶりを見せた。仲間も説明に窮するほどよくわからん存在ということか。
「アロイ? 『合金』て名前なんですか。変わってますね」
 率直な感想をレオンが述べると、珍獣は鼻で笑ったようだった。なんて態度がでかいんだ。
「アロイさん、こちらはレオン君」
「ふ。大方、メフリスの悪い癖がきっかけで親しくなったのだろう。それらしい顔立ちをしているからな」
 図星を指されて、メフリスはぽっと頬を染めて口をつぐんでしまった。
レオンも少し前の出来事を思い出して、何となく微妙な心境になる。が、はっと思いだして、慌てて二人(?)に向き直り、続けて背後の黒髪の青年を振り返った。
「すいません、こっちの紹介がまだでした。えっと、ジオさん、こちらはメフリスさんです。師匠たちを探すのを手伝ってくれると言ってくれて」
 さっきから聞こえてはいたが、変わった響きの名前だ、と思いながら、ジオは少女に向き直った。
「ジオ・ダンガードだ。レオンが世話になったな」
「いえ、私は何もしてませんよ。さっきは失礼しました。メフリス・アミュレイです。どうぞよろしく、ジオさん」
 居住まいを正して、少女は丁寧な挨拶を返してきた。
 こちらへ来て最初に出くわしたのが彼女のような人物とは、レオンは運がいいと思う。見た目からして優しそうで、礼儀正しい、好印象の少女だ。それに比べてジオが遭遇したのは、正体が謎の奇妙な生き物ときている。しかも見た目に反して、態度は横柄で尊大で、しかも凶暴だ。この差は何なんだ。
「それで、ジオさん。アロイさんが『直接の原因』って、どういうことですか?」
 メフリスの華奢な肩に優雅に寝そべって、珍獣はくあっと子猫のようなあくびをもらした。そんなアロイの頭を撫でながら、メフリスが首を傾げて問いかける。
「ああ。………これだ」
 ジオはポケットから件の紙切れを引っ張り出して、メフリスとレオンに見せた。
「…………『アロイ』………」
 そこに記されている言葉を、レオンは呆然と呟いた。メフリスは目を丸くして、紙と肩の上のアロイを交互に見る。当のアロイは我関せずといった様子で、なりゆきを傍観するだけのようだった。
「レオン、ここに飛ばされる直前のこと、覚えてるか?」
 ジオが問うと、レオンは紙から目を上げて神妙に頷いた。
「はい。僕とマナさんで師匠とジオさんを呼びに師匠の部屋に行ったんです。それでドアを開けたら、部屋の中に不思議な光が満ちていて……。びっくりしているうちに、気がついたらこの世界に来てたんです」
「その、妙な光の元が、この紙切れだ」
「………こんな小さなものが、異世界跳躍を引き起こしたって言うんですか…? アロイって書いてありますけど……?」
 疑わしげな表情で、レオンはメフリスの肩でくつろいでいる珍獣に目を向ける。
 アロイは黄金の双眸を愉快そうに細めてみせた。
「いかにも、その紙に施した転移魔術が作動したことによって、お前たちはここに来た。そしてそれを行ったのは私だ。ちょっとした思いつきの実験でね。高圧縮した私の魔力を紙に練りこんで、できるだけ遠くへ飛ばし、その紙に誰か別の人間の魔力が触れた瞬間、私のところまで転移するようにしておいた」
「……できるだけ遠くへって……」
「ああ、まさか世界と世界の境界を飛び越えてしまうとは、私にも予想できなかったことだ。ま、災難だったな。貴重な体験とでも思って割り切れ」
 納得いかない様子のレオンだったが、微塵も悪びれずあっさりと言い放たれたアロイの言葉に、素で絶句してしまったようだった。
「でも、ちょっと待ってください、アロイさん」
 腑に落ちないと言った顔で、メフリスが声を上げた。
「この転移魔術は、魔力に反応する仕組みになっているんでしょう? でも、ジオさんからは魔力の気配が感じられないのに、どうやって……?」
 不思議そうに見つめられて、ジオは居心地が悪くなった。今までこの体質のせいで特別に苦労したことはないが、今はとてつもなく面倒な状況だ。どう説明していいのかわからない。ここにいない相棒がちょっと恨めしくなった。
「この紙切れを拾ったのは俺だが、俺が触ったときは何も起きなかった。ご覧のとおり、俺は魔力を持ってないんでね。相棒がこれに触ったから、魔術が発動したんだろう」
「その相棒だが」
 不意に、アロイがむくりと鎌首をもたげた。意味深に、金の目が煌めく。
「?」
「相当な腕前の魔術師のはずだ。その紙に触れた当人だけでなく、周囲にいた数人の人間まで転移したのは、私の魔力だけでなく、そいつの魔力の相乗効果もあったからだろう。更に、紙に直接触れていたジオと、触れていなかったレオンとが転移してきた位置がこれほど近いのも、そいつが咄嗟に高濃度の魔力で対処したからだろうな。そうでなければ紙に触れていなかった者の転移先は著しくずれていただろう。別の国か、大陸の外か、あるいは世界と世界の境界の間を彷徨うハメになっていたかもしれんぞ。どちらにしろ、お前たちは運が良い」
「………………」
「………………」
「………………」
 他人事のように軽い口調でアロイは言ったが、後の三人は一様に青い顔をして黙りこみ、元凶の小さな紙切れに視線を落とした。
 誰もしばらく口を開かなかったが、ふと何かを思いついたらしいジオが顔を上げた。
「……待てよ。今の話が事実だとしたら、メリッサとマナもこの近くにいるってことじゃないか……?」
「あ……」
 はたと気づいて、レオンもジオと顔を見合わせ、次いで二人そろってアロイを振り返り視線を注いだ。
「可能性は十分にあるだろうな」
 アロイはあっさりと肯定する。
二人は長く深く安堵の息を吐いた。
「よ、よかったー…。流石師匠だ……」
「あー、ったく。余計な心配して損したぜ。やっぱ、案外簡単に全員と合流できそうじゃねえか」
「……でも何か大事なことを見落としてるような………………。あ」
 安心のあまり気の抜けたやりとりをしていたジオとレオンだが、唐突にレオンの表情が固まった。不審に感じたジオやメフリスの目の前で、彼の顔の血の気が見る見る引いて行く。
「………ジオさん、まずいですよ」
「あ? 何が」
 目に見えて深刻そうな様子のレオンだが、ジオにはそれがどういうことなのか検討がつかない。
相棒の魔術の腕は自分が一番よく知っている。異世界跳躍だろうがなんだろうが、彼女なら持ち前の腕っ節でどうにかできるという確信がある。現にレオンも無事に自分の近くに飛ばされていたのだから、あとの二人もそれは同じはずだ。
こんなわけのわからない実験に巻き込まれて、未知の世界に放り込まれるというとんでもない状況の中、そのことは喜ぶべきことであるはずだ。
一体何が問題だというんだ。ジオは知らず知らず眉間を寄せていた。
「………師匠、きっと僕らとはぐれないようにするために、たくさん魔力を使いましたよね……」
「そりゃ、いきなり異世界に吹っ飛ばされたんだし、俺にはよくわかんねえけど、やっぱ魔術ってそういうもんなんじゃねえのか」
「………師匠、今頃疲労と空腹と睡魔で倒れちゃってるんじゃ………」
「……………………」
 青ざめた顔で呟いたレオンの言葉に、ジオの思考は停止した。代わりに、過去における相棒に関する様々な記憶が溢れかえり、脳内を走馬灯のように駆け回った。
「……………まずい」
 ジオは片手で顔を覆って天を仰いだ。
 失念していた。レオンの言うとおり、きっと今頃どこかで相棒は行き倒れている。一気に大量の魔力を消費した彼女は、とてつもない勢いで食うか寝るかしないと身体がもたないのだ。いつもなら、そういった充電切れとは無縁の自分が飯屋なり休めるところなりへ相棒を担ぎこむところだが、今回はそうはいかない。
 誰も通りかからないような場所で倒れてしまったなら、早く見つけ出してやらなければ命に関わる。仮に人に発見されたとしても、それが人買いとかの性質の悪い連中だったら意味がない。普段の彼女ならそんな連中は一発で壊滅させるだろうが、今は無力に等しい。いや、運良く善意の人間に助けられたとしても、その人に多大な迷惑をかけることは火を見るよりも明らかだ。身内としてそれは恥ずかしいからやめてほしい。
「…………探すぞ、レオン」
「はい」
 表情を一変させ走り出そうとした二人に、メフリスが慌てて声をかけた。
「え、ちょっと待ってください…! 何か切迫してるみたいですけど、落ち着いてください! この辺りの地理もわからないのに、どうやって人探しをするつもりですか!」
 的を得ていたメフリスの言葉に、ジオとレオンはぐっと声をつまらせてその場に踏みとどまった。
 二人が押し黙ったのを見て、メフリスは一つ息をついてからてきぱきと話し始めた。
「いいですか。まずはこの先のトゥルガの街に行きましょう。そこで私たちの仲間と合流して、拠点を決めてから、手分けして二人の仲間を探すことにしましょう。その方が確実ですよ。近くにいることはわかっているんですから」
 引き締まった表情ではきはきと的確な助言をしてくる姿が、ジオとレオンには意外だった。もっとふわふわした性格なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。中々頼もしい少女だ。
 何にせよ、見知らぬ土地でこの世界のことを何も知らない二人だけで行動するのは迂闊なことだ。若干取り乱した自分を省みて、ジオは深く呼吸した。
「……わかった。頼む、案内してくれ」

 

 

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