第一話 『破壊屋』クラウ



 ぱち、ぱち、と何かを弾く音が響く。その度に、背中にも心にも冷や汗が吹き出て行くのが分かる。
 指で玉をはじき、移動させて計算する旧式の計算機だった。電池式の小型計算機が開発されて以来、旧式計算機を使う人間が少なくなった。目の前の男は、その廃れた計算機を愛用している少数派の人間だった。曰く、「弾くときの音が、聞いている相手に緊張感を与えているのがとても快感」なのだそうだ。まるで高利貸しのようで嫌な趣味だと思うのだが、確かにこの音は、緊張感を与えるものだなとクラウは実感した。現に今、身に持ってそれを受けているからだ。
 プラスになるか、それともゼロになるか。それは、この音にかかっているのだ。ゼロになるのもいやだが、せめてマイナスになるのは勘弁してほしい。
最後の音が弾かれた。
 ふう、と目の前の男は息をついて、計算機から顔を上げる。
三十路前の、穏やかな面持ちの青年だった。実際の年よりも、少しばかり老成して見えるのは、目の錯覚だろうか。男性にしては長い肩までの黒髪は、
男の名前はヴァシリー・アトウェル。クラウの仕事の仲介人でもあり、腐れ縁の友人でもある。
「中央広間の壁画の破損が三つ。神殿付近の聖ガブリエラの石像は真っ二つ。最奥部の神殿の祭壇――木端微塵。何をどうやったらここまで壊せるんだろうねぇ。気にならないか? クラウ君」
 耳がとても痛い。全て身に覚えがあるから、尚更だ。乾いた笑いと共に、クラウは男から目を逸らした。
「その他こまごまと破損があるけれど、以上、サルマ聖墓跡探索の報奨金は、君が発掘してきた戦利品と合わせて、プラスマイナスゼロ、でどうだ?」
「――って! マジかよヴァシリー!」
 ばん、とヴァシリーの机をたたく。
 笑っている場合ではない。プラスマイナスゼロということは、ノーギャラだということだ。ノーギャラということは、今回の依頼で金が手に入らないということだ。金が手に入らないということは、金欠状態が続行されるということだ。金欠状態が続くということは、明日の食うものに困るということだ。
 食っていけないのは、いくらなんでもまずい。
 必死のクラウに対してヴァシリーは、両肘を突いて、顔色を一つ変えずに笑っている。口元はつり上がっているのに、目は全く笑っていなかった。
「聖ガブリエラの石像を壊したことが一番まずかったかな。アントニオ聖教会から結構な額の罰金を命じられた。挙句に坊さん方からこっぴどく怒られたこっちの身にもなってくれ」
 言葉が詰まった。何も反論が出来ない。寧ろ、自分の代わりに説教を食らってくれたヴァシリーに感謝しなければならない。聖ガブリエラの石像は、壊した瞬間に一番「やっちまった!」と思ったものだった。
 探索したサルマ聖墓跡は、世界四大宗教の一つであるアレイス教の管轄地だ。アレイス教の聖人の一人である、ガブリエラの遺物が隠されていると言われていた。
「ああ、でも、発掘品がよかったよ。一七〇〇年前の無線譜の楽譜と、聖アドルファスの遺物と言われる聖杯ね。楽譜の方は、無線譜自体そんなに発見されてないから音楽史的にも貴重な資料になるし。聖杯も博物館に入るそうだよ。それから――「聖ガブリエラの涙」を、よく見つけてきたね。今まで誰も見つけられなかったのに。どうやって見つけたんだい?」
 一応のフォローを入れてくる。
 発掘した一つは、小指の先ほどの透明な石だ。『聖ガブリエラの涙』と言われるその石は、サルマ聖墳墓跡に入った数多くの遺跡探索者が、どうしても見つけられなかった、と口をそろえる一品だった。そしてそれが、今回のクラウと、大元の依頼をしてきたアントニオ聖教会の、最大の目的だった。今年こそ祝祭の日に、遺物を聖堂に置きたい。その願いは、一応かなえられたわけだ。
  クラウは生計を立て始めて二年目の遺跡探索者だ。駆け出しと言ってもいいクラウが、発掘してきたのは、快挙と言っていいのかもしれない。
 嫌な汗をだらだらと背中に感じながら、
「石の方は……ぶっ壊れた石像から出てきたんだ……」
 一応そう言って、僅かな望みをつなげてみる。
 事実ではある。綺麗に二つに割れた石像の、心臓部分から出てきたのだ。大昔、ガブリエラの石像を作った彫刻師がそれを入れたのかは、定かではない。だが、文献や資料から読みだした遺物の特徴を見ても、発掘してきたそれとぴったり一致していた。
先に捜索した同業者も、まさか石像の中に入っていたとは気付かなかったのだろう。当たってみたどの文献にも、石の隠し場所は明記されてはいなかったのだから。クラウが石像を「偶然」壊してこなければ、発見出来なかったのかもしれない。
「あーなるほどね。それじゃあ君しか見つけられないな」
「そうだろ?」
「でも、それとこれとは話が別だ」
ヴァシリーはにっこりと笑って、一閃した。
「石を見つけてきたのは偉いけど、石像を壊してきちゃあ、全部パーだ。三つの遺物と君に出す予定だった報奨金で、遺跡の修復費と罰金払っちゃうから。今回報奨金なしで異存ないね?」
  最後の望みも断たれた。ここで食い下がっても意味が無い。これ以上言っても、目の前の人間から「駄目」とにこやかに告げられるだけだ。
「……ありません」
クラウは素直に頷いた。
 自業自得だが、正直、つらい。十日前から金欠状態で、今回の依頼を受けたのが一週間前。それから下調べを初め、探索に入って破壊して返ってきたのが二日前。
今の所持金は銅貨五枚と銀貨が一枚。一日過ごしたらすぐに消える金額だ。その他、今夜の宿代等を考えると、頭が痛くなる。
「……厳しいな……」
「壊してこなけりゃ、こーなんないんだよ。偶然とはいえ、ねぇ。僕としては毎回毎回破壊工作してくる君を見ているのが面白くって仕方がないけどね」
 最後の一言はともかく、正論を言われてしまっては何も出てこない。この際、正論を言った相手が、頭の上がらない人物ではあるが死ぬほど腹の立つ人間であるという個人的な感情は置いておく。壊してこなければ、普通に報奨金を貰うことが出来たのだ。そしてこれが一回や二回だけではなく、数回もやってしまっているのが悩みだった。
 あまりの金欠ぶりに、何かを壊してきてしまう自分に、頭を抱える。
「僕だってねぇ、いつもお金が無くてカツカツで困っているクラウ君に、救済措置を取ってやらないこともないよ」
「何だよ救済措置って……」
 頭を抱えていたクラウには、腐れ縁の恩人の顔は見えなかった。よって、次の彼の発言を予想する事は出来なかった。
「君に依頼が来ている」
 依頼、と聞いて、クラウは頭を上げた。
「マジで!?」
 この際内容は何でもいい。皿洗いだろうが靴磨きだろうが、害獣退治でも何でもいい。金になるのだったら。
「本当だ。これが依頼書。受けるか受けないかは、君の自由だ」
 そう言ってヴァシリーが提示したのは、一枚の紙。
 嬉々として内容を目で追って行き――
「おい、ヴァシリー」
「うん。何だい? 愛しのクラウ君」
 最後の一言は華麗にスルーする。内容は何でもいい、と思った数秒前の自分をぶん殴りたくなった。
「駆け出しの俺に依頼を回してくれるのにも一応感謝している。俺の代わりに坊さんから説教を受けたのにも悪いと思っている」
「それはそれは」
「だけどな、何でこの手の依頼なんだよ!」
「三日前のことがあったから、君に遺跡探索の依頼を出すわけにはいかなくてね。お偉方さんから僕が怒られる。それに君が僕のところにいるっていうだけで、僕には関係のないこの手の依頼が大量に来るんだ。報奨金も破格だ。君にとっては嬉しい話だろう」
「嬉しくねぇよ! 大体、数が多過ぎる。死んだらどーすんだ!」
「大丈夫大丈夫。君だったら、グールと戦ってもオークと戦っても、デーモンと戦っても生きて帰ってこれるよ。てゆうか、そーいって死んできた試しがないじゃないか」
「当たり前だ! それと、基本的に、俺は、遺跡探索者であって」
「腕のいい武術家でもある、だろう? 言ったが、受けるか受けないかは、君の自由だ。これから三食水のみ生活を送りたいのなら、受けなければいい」
 続く言葉を、ヴァシリーの手と、声が遮った。
 三食水のみ生活、と聞いて途端に冷静になった。金が無くなると真っ先に削減するのは食費だ。食費は、節約する理由を作るのが一番簡単なものだった。「栄養はいらない」と思いこめばいいのだ。最終手段の三食水のみ生活になれば食費はゼロになる。公共水道を利用すればいいからだ。
 しかし、飢餓感、というのは身体の動きを鈍らせるだけではなく、思考も集中力も欠かせてしまうものであることも知っている。なるべくなら無縁のものでありたい。水は金もゼロだがカロリーもゼロだ。
 今クラウが一番欲しいものは、金と、早急に降ってくる金になる材料だった。
 目の前には、金の材料がちらついている。
 舌打ちをしながら、ヴァシリーの机に置いてある万年筆をひったくる。依頼書に乱暴にサインを付けて、ヴァシリーに突きつけた。
「ああ、ありがとうクラウ君。文句たれながら受けてくれるのが君だっていうの、僕は知っていたよ。いい子だねぇ。お兄さん嬉しいよ。つい飴をあげたくなってしまうね」
「誰が兄さんだ! おっさんって年だろうが! 飴なんかいらん。それよりも契約書通り、前金くれ!」
「一応、僕はまだ二〇代なんだけどね」
 ヴァシリーは机の引出を開けた。嘘こけその外見は明らかに三〇超えているだろうがと内心思いながらも、クラウはそれを口には出さなかった。
 渡された布袋の中身を確認する。依頼書通り、ずっしりと重い金貨が二十枚入っていた。久しく見ていない金色の輝きに目が眩んだ。これだけでも、宿代含めて一週間は食っていける。二週間ぶりに肉が食える。
「よだれが垂れそうなところ悪いんだけど、今日中にお願いね」
 そんなクラウに、ヴァシリーは止めとも言える一言を言い放った。

 *

 ヴァシリー・アトウェルは、史跡探索保護協会の管理職を務めている。勤務地は聖ルーファス大公国の首都ダラス支部だ。
先住民の生活跡。数千年前の古代文明の跡地。聖人や偉人の伝説地。神話の伝承地。名前の通り、それらを発見し発掘し、「遺跡」として保護し、大学や博物館などの一般にも開放できるように目指すのが「史跡探索保護協会」の役割だ。
 大体の遺跡は一般人の出入りは禁じられている。保護協会からの安全、が認められないと、一般公開は出来ないとの規則が出来ている。そして一般公開出来る遺跡の数は、数少ない。
 遺跡に入れる人間は、「史跡探索保護協会」の理事、宗教色のある遺跡であれば上位の聖職者、そして、遺跡探索者だけだ。
 遺跡探索者はその名の通り、「遺跡」を「探索」することを生業にする人間のことである。探索は、大体が協会から、もしくは教育機関や宗教法人からの依頼によって行われる。後者の場合は必ず、協会が仲介に入る。
 遺跡探索者は、主に四つの要素が求められている。
一つが、その場を見極められる判断力。
二つ目が遺物や文明、歴史や考古学に対する深い知識。
三つ目が、遺物や宝を発見するための探索能力。
最後の一つが、戦闘能力だ。
 世界四大宗教の一つ、ヴェルトナ教の主張によると、この世界は陰と陽のバランスで成り立っているらしい。陰は悪でもあり、陽は善でもある。光に対して闇があるように、善の生き物に対して悪に価する生物も存在する。グールやオークといった生物がそれに当たる。
 光と影の拮抗。
天秤ではかって、どちらに傾いても世界は成立しない。
 ヴァシリーはどの宗教も信奉していない。この世の中には、宗教、というものが多過ぎるのだ。どれも同じように見えて、入信する気にもなれない。だが、この世に害獣が跋扈しているのを見ると、ヴェルトナ教の主張も一理あるのかも知れない、と感じることもある。
 害獣は、人が多くいる場所にはあまり現れない。人気がなく、暗い場所を好むと言う。例えば森。例えば、人の出入りが少ない、先住民の遺跡。
 遺跡探索にそれなりの戦闘能力が求められる所以はこれだ。害獣と戦って、命を落とした遺跡探索者も、数多くいる。
 で。
 ヴァシリーが考えるに、クラウは四つの要素を欠けることなく揃えている。特に戦闘能力は、十七歳とまだ若いが、遺跡探索者の中でもトップの実力だと言えるのではないか。武術の腕だけで十分食っていける。そう思わせてしまう、素晴らしいものを持っていた。
 それよりも大切、というか、基本中の基本すぎて要素に入らないものがある。
 遺跡内のものは、トラップや仕掛けを解く以外、そのままで壊さずに帰ってくるのが鉄則だ。高名な遺跡探索者でも、遺跡内の一部を破損させて修復費を請求された、ということも起こる事柄だ。そして、それほど珍しくない。
 問題は、クラウの場合、壊して帰ってくる確率の高さだ。
「全くあの子は、壊しさえしなければ一流の仲間に入れるのになぁ」
 つくづく勿体ない、とヴァシリーは思うのだ。それが原因で、不名誉なあだ名まで付いているというのに。
「……まぁ、見ていて楽しいから別にいいんだけどね。僕的には」
 そこまで言ってヴァシリーは、クラウのことを頭の外に追い出し、受話器に手を伸ばす。指で目的の番号を回して、相手が出るのを待つ。
「ああ、アニス。僕だよ僕。最近世間じゃ僕僕詐欺が流行っているみたいだけど。……ちゃんと分かってるって? ありがとうアニス。今度一緒にディナーでもどう? それから……」
 仕事は他にも山積みされている。
「例の少女を見つけたら、丁重に保護するようにね」

 *

 ヴァシリーの事務室を出たクラウが真っ先に向かったところは、一件の店だった。
卵を彷彿させる体型の初老の店主が迎えいれる。肥満体形で柔和な笑みを浮かべているので、彼を一目見た人間は穏やかな人柄を期待する。実際、人柄は悪くないのだが……。
「金が出来たから持ってきたぞ」
「ああ、お前さんか。ちょっと待っておれ」
 クラウの姿を確認すると、店主は店の奥に引っ込んでいく。何回もこの店を利用しているので、店主とは既に顔見知りだ。飢餓感と並び、この店とはなるべくならば無縁でありたいのだが、金に困るとどうしても利用してしまう。
戻ってくる間に、店内に置いてある物をぐるりと見渡す。
オークの胃液と共に出てきた胆石。エルフの耳。セイレーンの牙。
柔和な笑みに騙されてはいけない、と思わせるような代物を置いている。
「相変わらず悪趣味なやっちゃなぁ……」
 勿論、クラウの目から見て悪趣味なものばかりを置いているわけではない。蒸気型二輪車や細かい刺繍の入った絨毯など、珍しくは無いけれども預けたらお金になりそうなものが大半だ。品には全て、預かり人の名前と金額、預かり期間が明記されている。
 奥の部屋から店主が出てきた。白い布に包まれた、大きなものを抱えて。
「二十日の担保で、金貨一〇枚だ」
先ほどヴァシリーから受け取った布袋から、硬貨を取り出して渡す。これで前金の半分を使ってしまったが、依頼に成功すれば、前金の四倍の金貨を今日中に貰うことが出来る。しかし、これから受ける仕事内容の危険度を考えると、その位貰ってもバチはあたらないだろう。
ヴァシリーの事務室から出たクラウが真っ先に向かった場所。それは、質屋だった。
質屋の店主が、ひい、ふう、みい、と金貨の数を数える。妙に音を立てて数えるので、さっきまで向かい合っていた誰かさんみたいだな、と内心思った。
「受け取ったよ」
「じゃあ俺も」
 布の包装を解く。
 現れたのは、鞘におさめられた、大ぶりの剣だった。幅は太く、しかし長さがあり切っ先は鋭く尖っているので、細長な二等辺三角形のような姿をしている。柄の部分には飾り紐が付けられていた。紐の先端には、翡翠が踊るように輝かせている。
 握った時の慣れた感触。五センチだけ鞘を抜く。わずかに現れた刀身から、自分の剣であることを確信した。
「確かに。俺の剣で間違いない」
「ずっと置いておいてくれてもいいんだけどねぇ」
 名残惜しそうに店主が呟いた。つまり、売ってくれ、と言っている。この店主から剣を譲れと言われるのは、これが初めてではない。寧ろ、会うたび(つまり預けるたび)に迫られている。
 店主は珍品を集めるのが趣味だ。オークの胆石など悪趣味なものは店主の私物だ。
そしてどうやらこの剣は、マニア垂涎のものらしい。長年使っていて、らしい、という曖昧な言葉でしか表現できないのは、実のところこの愛剣がどういうものだか、よく分からないからだ。店主に聞いても、何か知っているような素振りを見せるだけで、何も言わない。
 ただ、分かっている事実が一つある。それは、クラウの愛剣になるには十分過ぎる事実だった。
 だからどんなに金に困っても、預けるだけで売ったりはしない。
「これは駄目だ」
 答えは何時も決まっていた。
「じゃあその代わりに君の髪の毛ひと房下さい」
「誰がやるかボケェ!」
 店主の顔面に掌底を食らわせた。
「別にいいだろう、髪の毛の一〇本や二〇本ぐらい。減るもんではあるが生えてくるし」
結構力を入れた……というか、大の男が気絶するぐらい力を入れたのに、復活が早い。起き上った店主は何事もなかったかのようにぶーぶーと文句を言ってきた。
自分の髪が、珍しい色彩を持っているのをクラウは理解している。質屋の店主の目から見て、それが珍品として映るのは無理からぬ話かもしれない。
だからといって髪の毛を要求してくるのは、不気味以外の何物でもない。
「何度も何度も言ってるだろ! 気持ち悪いんだよ俺を呪う気か!」
「店先に飾って眺めて楽しむだけだと、こっちもいつもいっとるだろう」
「余計気持ち悪ぃわ!」
 左の踵を店主の脳天に落とす。今度は復活しないうちに、クラウは全力で店をあとにした。


「はぁ……何か疲れた」
 ノーギャラに終わった前回の遺跡探索の結果に、そこから派生した新しい依頼。それだけでも十分げっそりくるのだが、毎度ながら、変態な質屋の店主から髪の毛をくれと言われるわ。日はまだ高く上っているのが憎たらしい。妙に疲れる一日であるが、驚くべきことに、まだその一日が終わっていないのだ。これからさっさと依頼をこなしてこなければならない。
 広場のベンチに腰掛けて、屋台で買った鶏肉の串焼きを頬張る。鶏肉の串焼き。甘みを抑えた丸パン。公共水道から汲んできた水。簡単だが、今日の昼飯だ。食べ過ぎるとこれからの仕事に悪影響を及ぼす。
公共水道は、井戸からくみ上げてきた水を誰でも飲めるようにと国が整備しているので、安心して飲むことが出来る。宗教色の強い聖ルーファス大公国の最大の利点だ、とクラウは常日頃から感じている。タダ・無料、というものは、この世の中でとても貴重だ。
 聖ルーファス大公国の首都ダラス。
 第一大陸でもっとも面積の広い国だ。
 この世界で三つある大陸に、何故数字の番号が付けられているのか。理由は諸説ある。一番有力な説は、第一大陸出身の冒険者が、他の二つの大陸を発見した、というものである。自分が住んでいた大陸を一とし、発見した順に、第二、第三と名付けた。
 第一大陸は、世界四大宗教のアレイス教を国教としている国が多い。
 そのアレイス教の総本山があるのが、クラウが現在いる聖ルーファス大公国の首都だ。
ダラスの街は広場を中央にして道が整備されている。街は、上空から見ると円形で、主要道路が放射線状になっているのが分かる。放射線の中央、広場を見下ろす様に存在するのが、アレイス教宗主ルカ二世がいる、アントニオ聖教会だ。
 白亜の大理石で作られた聖教会を、緻密に掘られた彫刻や聖人の銅像が飾っている。宗教信仰を特に持ち合わせていないクラウにも、神聖なものであるという錯覚を覚えさせる。あくまでも錯覚であるが。
「あー……」
 空を仰ぐと、一定のペースで流れる雲と共に、聖堂の高い尖塔アーチが視界の端に入ってくる。今現在は、神聖なものどころか、自業自得なのは分かってはいるがケチくさいものの象徴として映っている。
 金は欲しいがぶっちゃけ言うと……
「……仕事行きたくねぇー」
「こらこら」
 ぱこん、と丸めた雑誌で叩かれた。
「アザエル……何すんだよ」
 叩いた張本人を振り向く。
「いやぁ、こんな真っ昼間っからの働きたくないでござる発言は、聞き捨てならなくってね」
 座っているベンチの隣には、串焼き屋が、いや、串焼き屋を兼業している同業者が店を構えている。艶と癖のある銀髪の、二十代前後の男。
 アザエルだ。彼は丸めた雑誌を手に握っていた。
 彼は、クラウの専門学校時代からの親友だ。よく組んで遺跡探索を受けたりしたが、半年前に「遺跡探索だけじゃ飯が食えん!」と言って、屋台の串焼き屋を始めた。これが意外にもヒットし、今では広場の名物となっている。盛況しているだけあって、中々美味い。
 決め手はタレだ。アザエルは串に刺した豚肉に、塩と長ネギと生姜を混ぜて作ったタレを塗っている。ネギは混ぜ込むと、甘い水分が出てくる。本人いわく「普通のネギより甘いものを使っている」というが、クラウもここまで甘いネギはみた事が無い。そしてネギと生姜でさっぱりとした甘辛さをタレと、肉との相性が抜群だった。リピーターも最近いるらしいが、それも納得だった。
「まぁ、遺跡大好き人間の君がそういうって、大体見当はついているけどね」
 返事をするかわりに、クラウは無言で串焼きにかぶりつく。それだけで、アザエルは彼に何があったか、そして何を頼まれたかを理解した。
 あの手の依頼がクラウに大量にくることを、アザエルは知っていた。クラウがそれを、あまり好んでいないことも、好まずにいながらも受け入れていることも。
 アザエルはいつも、金なら少しぐらい(金貨3枚まで)なら貸すと言ってくれている。しかし、クラウは頑として受け取らない。結果、金に困るとクラウは、関わりたくない質屋で金を借り、受けることに抵抗のある仕事をこなしている。友人から借りるのと質屋で借りるのは、どっちがましなのだろうと真剣に考えることもある。そうすると、友人に頼るのは「あの手の依頼」を受けること以上に抵抗があるのだった。
 遺跡探索には金が掛かる。そしてハイリスクローリターンな職業だ。金銭面を考えると余り現実的な職業ではないと思うが、それでも追い求めるのを止められない。
 つくづく、夢を追いかけることの楽しみと、夢じゃ飯は食えないという、二つのことを教えてくれる職業だと感じる。遺跡探索一本に絞って常に金欠の自分を見ると、アザエルは懸命だ、と最近は思う。真似をしようとは思わないが。
「そういえば、聖ガブリエラの石像をぶっ壊したんだって」
「……何で知ってんだよ」 
「石像」「破壊」の二つの単語に、クラウは反応した。
 まだ二日前の出来ごとだ。アレイス教の上位聖職者と、聖職者に土下座してきたヴァシリーと、実際に壊してきたクラウしか知らない筈だ。
「誰って、そりゃあヴァシリーさん聞いたんさ」
 同業者の口からは、当然といえば当然の人物の名前が出てきた。今はこんななりだが、一応は遺跡探索者であるアザエルは、ヴァシリーとは顔見知りだ。そのヴァシリーが、アザエルの串焼き屋の常連であることを失念していた。アザエルの前では、何故かヴァシリーは口が軽くなる。
「にやにやしながら来て気味悪かったから、何かあったんですかー? って聞いたら、笑いを堪えながら教えてくれたよ。教父達に怒られた直後だっていうのに、面白いことがあってねって言ってくるんだから、奇特な人だよね」
「……あのブタ野郎」
 こっちは全然面白くない。というよりも、人の失態をペラペラと周りに吹聴しないでほしい。お陰でさらに仕事をする気が無くなった。あのブタ野郎は俺の機嫌を悪くすることに関しては天才なのではないか、と思えてくる。
 専門学校を卒業して2年。それなりに遺跡探索を受けはしたが、壊し癖は直っていない。
「僕はさすがだなぁと思ったけどね。肝心なものは発見してくるけど、やっぱり壊してくるあたり。そうじゃなきゃ、君じゃないよね」
「嬉しくねぇよ」
 今月、アレイス教の聖人である、聖ガブリエラを祝った祭りがダラスで行われる。規模が大きい祭りで、毎年その際に、聖堂に置くためにサルマ聖墳墓跡から教父達がわざわざ石像を持ってくる、という話を聞いたことがある。
 遺物を見つけてきたのはいいが、その重要な石像を真っ二つにしてしまったのである。
アザエルはどうでもよさそうにフォローを加える。
「聖ガブリエラの石像なんて、よっぽどの信者や聖職者じゃなければ大切じゃないから。大体、石像公開は一日目だけで、後は鍵かけてしまっちゃうんでしょ? 信仰心薄い人や一般人なんて、気になんかしないよ。こんなこと聞かれたら、教父たちは激怒するだろうけど」
「そうだろうけどね……」
 親友の、このどうでもよさそうな発言の細部に、気遣いを感じる。その心は嬉しいが、それでも金にならなかった事やこれからの仕事を考えると、気分が暗くなる。
「……そんなに機嫌悪いんだったら、少しでも良くなってから仕事行けば?」
「はぁ? いきなり何を言い出すんだ」
「人助けでもしてきなよっつってんだよ。ホラ、丁度ピンチになってる女の子がいるみたいだし。広場であーゆうことやられると、僕としては困るんだよねぇ。営業妨害されているようなもんだし」
 アザエルが顎で指した方に顔を向ける。五メートル先に、確かにがらの悪い複数の男に絡まれている少女の姿があった。時折会話が聞こえてくるが、少女の声は、男たちのだみ声でかき消されている。他の屋台なり芸人なりは迷惑そうに見ているだけで、止めようともしない。面倒事に関わりたくないのだろう。
 確かにピンチではあるし、少女ががらの悪い男に囲まれている図というのは、見ていて決して気持ちのいいものではない。しかし……
「やだ」
 きっぱりと断った。
「君って時々酷いよね。あ、いつもか」
「うるせえな。生きてりゃこーゆうこともあるんだから、自分で何とかしやがれってんだ」
「――やめてください!」
 クラウの言葉に応えるかのように、絡まれている少女は声を張り上げた。そのすぐ後だった。ゴン、と重くて鈍い音が響いたのは。驚いて少女の手元を見ると、大ぶりのフライパンが握られていた。対比するように、一人の男が地面に落ちて行くのが目に入る。
 少女はフライパンをめちゃくちゃに振りまわして、男たちを近づけまいとしている。実にけなげな行動だと思うが……。
「……何でフライパン常備してるんだ?」
 フライパンとは持ち歩くものではないのではないか、とクラウは主張したい。それともそれは、自分の中だけの常識なのか。
「さあねぇ。彼女にとってのフライパンは、持ち歩くものかもしれない」
 アザエルはちらちらと様子を見ながら、豚肉ではなく今度は鳥の手羽先にタレを塗る。二人はすっかり、観戦モードに入っていた。
 フライパンで善戦していたが、限界が近づいてきた。振り回す力が強すぎた為か、フライパンの持ち手がするっと滑った。唯一自分を守るものである、フライパンを落としてしまったのである。
「そろそろやばそうだねぇ」
「……そんなに気になるなら、お前が行けばどうだ?」
「無理。死んじゃう。大体今の僕、串焼き屋だし。目離したら、焦げる」
 死んじゃう、は冗談だろうが、お前も十分人でなしだという台詞を必死で飲み込んだ。アザエルの自他共に認める腕っ節の弱さを、クラウは思い起こさずにはいられなかったからだ。止めに行ってもボコボコにされて返ってくる可能性が高い。専門学校での「武術」の成績は、五段階評価で常に二だった。
「……串焼き一本、タダで食べていいって言ったら行く?」
「乗った」
 タダ、に反応して、すぐさまクラウはベンチから立ち上がる。
 世界平和と神の愛を信じるアレイス教総本山の街は、銃剣に対する規則が厳しい。まず、帯刀許可証を持つ人間以外の武器の所持は固く禁じられている。許可証を持っていても、登録されていない銃剣類は基本的に持ち歩けない。武器を所持する傭兵や遺跡探索者は、この街に来たらまず、警察で自分の武器を登録しなければならない。そして、理由なき武器の所持、発砲・抜刀は警察での厄介の元になる。
クラウの武器は一応、警察で登録されているし、帯刀許可証も常に携帯している。婦女暴行の仲裁の為、という一応の名目は付くのだろうが……。
 簡単に退治出来て、且つ疲れない方法は無いかと思考を巡らせ――食べ終わった串焼きの串を、未だに持っていたことに気が付く。これを使わない手はないだろう。
 男たちはフライパンでぶっ倒されて昏倒した一人を入れて、総勢五人。残り四人いるが、大したハンデにはならないだろう。
「まあ、仕事前の準備運動にはなるか」
 近くで見れば見るほど、脳みその代わりにヨーグルトでも詰まってそうな連中だな、と思う。
 近づいてきたクラウを、一人が目ざとく発見した。
「誰だ、お前」
「通りすがりの王子様です」
 我ながら素晴らしい嘘だ、と感心する。
 直後、男の一人に、手首を利かせて串を投げつける。狙ったのは喉元だ。
 投擲する瞬間。僅かな隙が男たちの間で生まれる。少女からもクラウからも注意がそれ、投げられた串に気が集まる。喉を狙った相手が、刺さる前に串を掴むその一瞬。
 生まれた隙を、クラウは逃さなかった。
 まず一番近い相手の懐に入って、みぞおちに肘をめり込ませた。肘は、うまく使えば、力をそれほど入れなくても簡単に肋骨を折ることが出来る。当たった時に、折れた様ないやな感触はしなかったが、男は口の端から胃液を出しながら昏倒した。
「あの串焼き屋のとこまで逃げとけ」
 戦いが本格化する前に、少女の背中を押して逃げるようにと促す。アザエルのところまで行けば、安全は十分保障されるはずだ。少女は躊躇わずに駆けだした。これで何も心配せずに動ける。
 真後ろで気配が動いた。振り向くと、一人が鉄棒を振りかぶっていた。鉄棒が自分の顔面に当たる前に、避けるより受けた方がいいと判断したクラウは、手近に倒れていた男の襟首を掴んで盾にした。一番最初に、少女のフライパンをくらった男である。鉄棒は盾にした男の額に当たった。鉄棒を持った男の顔が、驚きに染まる。盾にした男を退け、右のこめかみに突き手を食らわせた。平衡感覚を失ってよろけた男に、足払いをかけてとどめをさしておく。
 一人がクラウの右横に移動する。ぎりぎり、視界に入るか入らないかの位置だ。そこから突きを飛ばしてきた。クラウは身体を逸らして軽くかわし、その腕に手刀を叩きこむ。直後、左足で踏み切って、身体を縦に回して飛んだ。本来、正面の相手に繰り出す技だが、左足の踏み切る直前に身体の向きを変えて、真横にいる相手に使えるようにと応用させた。左足を軸に、右足が半円を描く。右の踵が、男の額に当たった。男はそのまま仰向けに倒れこみ、次いで後頭部を地面におもい切り打ちつけた。
これで残るのはあと一人。
 身体と共に、被っていた帽子が外れて宙を舞う。刹那、帽子によって抑えられていた後頭部の髪が、ばさりと踊った。
 赤毛とも黒髪とも取れ、どちらとも取れない微妙な色彩は、日の当たり具合や陰影、また、人一人の感覚の違いによって見方が変わる。赤銅色と評する人もいれば、黒褐色と表現する人もいる。
 真南についた太陽に照らされた今のクラウの髪は、赤の要素が強い。それが完全な赤にならないように、黒がアクセントを加えている。
 静かに燃える黒い炎のようだった。
 男は知っているようだった。黒眼で赤とも黒ともいえる髪を持つ、自分のことを。否、その特徴を持った人間の、負の通り名を。色彩変化したクラウの髪を見て、最後に残った一人が叫んだ。
「お前、『破壊屋(クラッシャー)』クラウか!」
「誰が、『破壊屋』だ!」
 実に不名誉極まりないあだ名だ、と憤りを感じる。しかし事実が混ざっているのが悲しい。自分で言っておいて嘘だと思ったが、これなら王子様の方が数倍ましだ。
 破壊屋、と叫んだ最後の一人の顎に掌を当てて、もう片方の手で押し上げる。使い手自身の力はそれほど必要としないが、相手へのダメージとそれは比例しない。顎に重い一撃をくらった男は、そのまま気絶して地に落ちた。
「手ごたえのない連中だ」
 全員が、地面に転がるまで、それほど時間はかからなかった。
 一応力を抜いたので、命に別状もなければ重い怪我もないはずだ。軽く見聞してみると、目立った傷は見当たらない。フライパンと鉄棒を食らった男が一番重傷だったが、それでも打撲である。顎を強打した男は……問題はない。首が弱い相手には絶対に出来ないが、男の首は頑丈だったらしい。
「まぁ、放っておけば起きるだろ、そのうち」
 この広場の秩序を乱した罰として、しばらくそのまま転がしておくことにする。
 それにしても、『破壊屋』という不名誉な通り名が、一般にも浸透しているとは。それとも一般人ではなく少女に絡んできた集団は、実はハンターだったり傭兵だったり同業者だったりするだろうか。そこまで考えて、少なくとも同業者ではないなと直感が語った。
 帽子を拾って被りなおす。赤毛を隠す為ではなく、ただ単に、被っている方が落ち着くのである。少女が持っていたフライパンも拾う。
 戻ってきたクラウを、アザエルの陽気な声が迎え入れた。
「いやぁ、見事だったね。特に、倒れた人を盾にするとこ。僕には真似出来ないや」
「反省してはいるぞ、あれ」
 クラウは心の中ですまんと謝った。
 少女は、クラウが座っていたベンチに腰をかけている。十五歳ぐらいで、自分よりは少しばっかり年下だろうとクラウは判断した。柔らかいクリーム色の髪を、黒いリボンで溌剌に纏めている。隣には布製の肩に掛けるタイプの鞄が置かれていた。買い物や持ち歩き用とするには、大きい。
 旅行者か、もしくは一人旅か。旅慣れしていないのかもしれない。何にせよ、不用心過ぎる。
「平気か?」
「はい。……ありがとうございます。本当に、どうしようかと」
 心の底から安堵したようだ。少女は、クラウに頭を下げて感謝の言葉を言う。鈴の音を連想させるような、綺麗な声だった。
「旅行者か?」
 聞きながら、フライパンを彼女に渡す。
「えっと、それに近いです。一人旅です」
「この街は初めてか?」
「はい」
 そうか、と頷いて、クラウは少女の頭に手を置いた。少女の肩が小さく跳ねた。予想していなかったらしく、驚いたように目を開いている。
「気をつけろよ。大きい街だから、こうゆう事だって起こる。そうなった時、今回みたいに誰かが助けてくれるとは限らないからな」
「そうそう、こいつだって僕がタダっていう餌を釣んなきゃ動かなかっ」
アザエルの顔面に突きを食らわせる。
「……痛いなぁ」
「お前の目の前にスズメバチがいたから潰したんだよ」
 当然の抗議を、嘘八百でスルーする。事実だが、わざわざ本人の前で言う必要もなかろう。
当の少女は意味が分からないといったようにきょとんとしていたが、やがてくすくすと笑いだした。
「な、何だよ」
「ひどい人たちですね、って、思っただけです」
 つまり少女はアザエルの一言で、周囲の冷たい人間と同類だ、と認識したのだった。
 アザエルはともかく、助けた本人から言われると、自分は本当に酷くて冷たい人間のような気がしてくる。否定する要素が見つからず、クラウは苦い笑いを返す。否定できずに苦い思いをするのを、今日に入ってから何度しただろう。
「でも本当に助かりました。ありがとうございます」
 再度、丁寧に少女はお辞儀をする。その真っ直ぐさに、罪悪感を覚えずにはいられない。こっちは見過ごそうとした上に、タダに釣られて重い腰を上げたのだから。とても申し訳ない気がする。
「……悪かったな」
「いいえ、とんでもないです。よくある事なのは分かっているつもりでしたけど、わたしにも用心が足りなかったですし」
 少女の言葉に、そうか、と頷いてそれ以上卑屈に考えるのを止めた。何がどうであれ少女は助かったのだから、深く暗く考える必要はない。そうも思えてきたからだ。
 笑っているうちに、少女に本来の明るさが戻ってきたようだった。穏やかなその微笑には、周りの人間も笑顔にしてしまう、不思議な魅力を持っていた。彼女の隣は心地の良い時間が流れるのだろうな、と客観的にクラウは評した。
もっとも、今後会うこともないだろうが。
「あんたも、念のためあいつらが復活する前にここから逃げな」
 言うまでもなく転がっているちんぴらのことである。はい、と首を振った少女の頭に、もう一度手を乗せる。
 すっと手を離して、懐にしまった懐中時計で時間を確かめる。随分長居をしてしまった。
「アザエル、勘定」
「銅貨二枚だよ。――行くのかい?」
「ああ。日が暮れる前に全部終わらせたいからな」
 串焼き代を渡し、アザエルに背を向けて歩きだした。背中で、誰かが呼びとめる声を聞いたような気がしたが――別の誰かに向かってだろうと判断した。

 *

 別れは、あまりにもあっさりしていた。
「待ってください!」
 去っていく背中に慌てて呼びかけたが、彼が気付くことはなかった。
 名前を聞く前に、行ってしまった。
 ひどい、と言ってしまったからだろうか。何か、話す内容が欲しかっただけなのに。
二回触れられた頭が、まだ熱い気がする。恐らく、彼の掌の温度を覚えているからだろう。思い出すと、顔が赤くなるのを感じた。
 黒褐色の髪と、黒曜石の瞳を持った青年。
「あのひとが、わたしの……」
 熱っぽく呟いた少女の言葉は、誰にも聞かれることなく通り過ぎていった。


 


 


ええっと、今凄く作者が驚いています。だってこれ、1話なのに、共同制作でやっている「BLACK WING」の、2話分(1話と2話)の分量なんですよ。
話自体の発想は、共同制作を一緒にやっている千早さんに「ネタください」とメールを打ったところ、「じゃあ、架空の植物で」と言ったところから始まります。それからあれやこれやと考えていたら、キャラクタや世界が動き出しました。さらにあれやこれや考えていたら、何が起こったか、1話の半分以上でお金の話をしている主人公が出来上がってしまった、ということになります。
私が突っ込みたいところは、聖像破壊してきちゃったクラウ君ですが、「ンな壊すような危険のある奴に、重要な任務を依頼すんじゃねえ!」という所です。書いていて思いました。
小説タイトルの「花神と双剣の守り人」ですが、「花神」は「かしん」ではなく、「はながみ」と音読みで、「守り人」は「もりびと」ではなく「まもりびと」と読んでください。

とまぁ……一話は勢いで書いちゃったんですが。そんなわけで作者は、本業の研究に戻ります。2話は、四年後にならないことを目標にします。(「共同制作BLACK WING」は四年おきに一話が更新されると言うシャレにならないジンクスから)
カレー作りでたとえると、序文と1話だけのこの話は、「材料を買いに行くためにメモしている途中」です。
どこまで長くなるか分かりませんが、生温かく見守ってくださったら幸いです。


2011.09.08 クロサキイオン

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