二、ご飯三人前ぐらいは軽いよね?

 

 香ばしいパンの香りが漂っている。匂いの元を探ってみると、サンドイッチを売っている屋台が視界の端に入ってきた。昼過ぎ。そろそろ腹も減る頃だ。
 ヘルク・ハーバンは一人で街中を歩いていた。今日一日自由行動、と言った彼の師は、定位置のフードから抜けてふらりとどこかに行ってしまった。残りの二人の姿も、今はない。日中の街中は活気に満ちている。通り過ぎる人々も、楽しそうな表情を見せていた。天気もいい。雲ひとつない快晴だ。
 と、すれ違いざまに、小柄な人影が倒れこんだ。
 ヘルクは思わず、倒れた方に目を向ける。慌てて声を掛ける。「大丈夫ですか」人影の顔を覗き込む。
 人影は、少女だった。脱力し切って、起きる様子を見せない。顔だけは、少しだけ上を向こうとしていた。そんな少女と、ヘルクの眼が合う。少女の眼は、力のないからだに反して、ぎらぎらと見開いていた。餓えた狼のようだ。
 少女はヘルクのズボンの裾を、がしっと掴み、
「…………飯」
 うつろな目で、そう言ってきた。
 直後、少女の腹が盛大な音をたてた。

 で。
 飯だと言っていたので、少女を近くの定食屋まで運んで行った。そして今、行き倒れの少女は、ヘルクの眼の前で、もの凄い勢いでご飯を食べている。
最初、とりあえずパンとスープを頼んで出したら、少女はあっという間に平らげて、食べ足りなかったらしく、追加注文し始めた。挙句の果ては「肉をくれ! 米も! 特盛り?
そんなん足りん! 超特大盛りで!」と言って、でかい骨付き肉に、これまたでかく口を開けてかぶりついている。
肉を食べつつ、わかめと卵のスープを、ごきゅ、ごきゅ、と音をたてて飲み干す。スープはごきゅっと音をたてて飲むものではないでしょう、とヘルクは思ったが、口に出さないでおいた。言っても聞いてくれない。
 ヘルクは、自分の分の料理を食べつつ、眼の前の少女を凝視した。
 少女は見た目、十三か十四か、そこらと見た。ヘルクよりも少し年下だろう。背が低く、小柄である。健康そうな白い肌がつるりとしている。茶色い眼はぱっちりと大きい。眼と同じ色の髪の毛は、長さに多少のばらつきがあるが、肩まで伸びている。恰好からして旅人だと推測できる。なかなか可愛らしい顔立ちをしていた。五年たてば、結構な美人になるだろう。しかし今は、美しいというよりも、可愛らしさの方が勝っている。ほっぺたとか、つっついたらぷにぷにして気持ちよさそうだ。
 これでちまちまとご飯食べていれば、ハムスターだか子猫だかの小動物を連想させるのだが、豪快に食べる様子を見ていると、がめつい犬のように見える。
 ――少女のご飯がひと段落ついたのは、ヘルクが食事をし終わったのと大体同じぐらいだ。
当たり前だが、目の前には山々と皿が積まれていた。
「ごちそうさま! あー生き返った美味しかった」
「……よくそんなに食べましたね。僕の三倍近くはありますよ」
 ヘルクは呆れつつ、言った。普通におかしいだろう。十代の少女が食べる量じゃない。どっかの豪傑とか大食漢が食べる量だ。……ということは目の前の少女はどっかの豪傑とか大食漢なのだろうか。
少女は笑って、
「いつもよりは確かに多いよ。でも、仕方がない。ここに来るとき、結構魔力、削られちゃったしね。寝るか食うかしないと、回復しないし」
 ……ここ? 魔力を削られる? 来る途中にでも、暴漢や魔物にでも襲われたのだろうか。
「……ここって、この街のことですよね? 来る途中、何かあったんですか? 魔物や強盗に、襲われたんですか?」
 ヘルクは少し心配になった。自分よりもちっこい少女が襲われるなんて、あまり考えたくない。しかし、街に入る前に、どこかで襲われているなりされていれば、行き倒れにも納得できる気がした。
 が、少女は瞬きを数回した後、吹き出して――大爆笑し始めた。
「な、なんですか。僕、何か変なこと聞きましたか?」
「いや、変じゃない。……変じゃないよ。そうか。お前は”ここ”の事を、街の事だと思ったのか」
「そうですよ。……何か間違ってますか?」
「間違ってない。だけど、外れだよ。偶然だけど、私はこの”世界”に来た。」
 少女は食後のお茶を、くいっと飲み干して、こう言った。
「私は、お前からみた、”別世界”から来たんだよ」

 ヘルクはわが耳を疑った。
「……マジですか」
「マジだよ。こんな事でウソ言ってどうすんだ。私のメリットになるわけでもないのに」
 そうは言われても。他の世界から来れるなんて話、聞いたことがない。
この少女は一体何者なのだろう。ヘルクは頭の中で思索していた。こんな時、師匠ならどうするのだろう。どんな反応するのだろう。
別世界から来たということは、それなりに魔法が使えたりするのだろうか。
 当の少女が、でっかく欠伸をする。
「あ、やばい。飯食ったら眠くなってきた」
 そう言って、口を押さえた。瞼はすでに重そうに下がりかけている。今にも眠ってしまいそうだ。
「へ?」
「やっぱ、魔力がまだ完全に戻ってないんだな。……ごめん、二時間ぐらいしたら、起こしてくれ」
 ヘルクの反応を待たずに、少女は眼を閉じてしまった。そして、一瞬で眠りの世界に入ってしまった。
 ヘルクは再度、眼の前の少女を見た。
 ……。僕に一体どうしろと。
 途方に暮れるほかなかった。少女の寝顔は、先ほど鬼神の如く飯を平らげていた人物とは思えぬほど、可愛らしいものだった。
 静かに寝息を立てている。
 テーブルに積まれている、空の皿の数々を見やって、ヘルクは溜息をついた。
 何だか、いろいろと激しい少女だ。

 放っておくわけにもいかず、ヘルクは少女を背負って店を出た。痛い金額だった。お陰で財布がすっかり軽くなってしまった。
少女は寝た振りをしているのでもなく、本当に熟睡している。そして、驚くほど軽かった。元の体重はともかく、さっき食べた分、一体どこにいったのだ。貴方の胃袋は、ブラックホールですか。
 後二時間、こうして過ごすのだろうか。まだ今夜の宿はとっていない。仲間たちも、どこかに行ってしまっている。
 ……なんだか子連れ狼にでもなった気分だ。いや、それはいつものことかもしれない。背負ってはいないとはいえ、服のフードの中には、いつも先生が入っているのだし。いやいや、先生は、”子連れ狼”の子の部分が分相応だ。第一そんなこと言ったら、絶対先生にかまれるか尻尾でビンタされるに決まっている。思うことでも、やめておいた方がいい。あのしっぽでビンタは、見た目と反して結構、いや、相当痛いのだ。
 先ほどと同じく、あてもなく街中を歩いていると――前方に見知った人がいた。
 すらーっとした長身に、変な形の金髪。人はいいけど結構ドライで、余裕と好奇心が服を着て歩いているような。
見間違えることなく、仲間のキーディンだった。
ヘルクが近寄ると、長身の青年はヘルクに気付いたらしく――とても微妙な顔を作った。かれのこんな顔が見られる日がくるのか、と内心驚きもした。
「キーディン」
「ヘルク……誰だい、それ」
「ええっと、知らない人です」
 酷い言い草だとは思うが、嘘は言ってない。実際、どこの誰だか知らない訳なのだし。馬の骨とも知らぬ他人だ。キーディンは眉間にしわをよせて、微妙な顔をさらに進化させた。べストオブ微妙な顔と言ったところか。そんな顔しないでほしい。ヘルクだって、十分意味わからん状況にいるのだ。
「名前ぐらい、聞いていないのかい?」
「ああ、そういえば、聞いていませんでした」
 聞きそびれた、というのが正解かもしれない。その前に、名前を聞く、というところに思い当らなかった。ヘルクも自分の名前を言ってない。まぁ、おあいこってことで。
「知らない人を、どうして君が連れているのさ」
「僕が歩いてたら、すれ違う時にこの子が倒れたんです。飯って言われたから、ご飯食べさせてたら、その量がすごくて。やっとご飯が終わったなと思ったら爆睡し始めて、二時間たったら起こせって言われたんです」
 すれ違った時、そのまま足を止めなければよかったのかもしれない。それを飯と言われて飯を食べさせて、眠った今でもこうして連れている。ヘルクはこういう時に、自分がお人好しだと実感させられる。これが彼の師や、目の前のキーディンだったら無視するだろう。
 唯一知っていることといえば、
「この子、別世界から来たらしいですよ」
 これぐらいだ。
 キーディンは少し眉をあげ――興味深げに少女を見つめた。ヘルクみたいに疑ってかかったりはしなかった。かといって鵜呑みにしたわけでもない。ただ、面白い、と思っただけだろう。
 しかし今肝心なのは、これからこの少女をどうするか、ということだ。
「……どうしましょう」
 ……先ほどから考えていても、何も浮かばない。
ヘルクは、無駄だとは思うが、キーディンに目で訴えてみた。何かいい方法はないか、と助言を求めたのだ。
 キーディンは、そんなヘルクの視線に気づいたのか、
「君が拾ったんだろ? だったら最後まで自分で面倒見るんだよ。……頼まれた買い物とか、ちゃんと済ませておくんだよ。君、その子の事で、そっちのこと忘れていただろ?」
 とか言いながら、ヘルクを置いて去っていった。

 本日の拾得物、人間の少女一人。しかも結構迷惑。

 ヘルクはしばし呆然とキーディンの背中を見送り――そのまま少女を背負って、歩き始めた。
とりあえず、頼まれた買い物などを済ませなければならない。

 

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