風にのって



 キーディンは先ほどの途方に暮れたヘルクの事を思い出した。
 まぁ、お人好しも大概にしておくべきだ、ということだ。そんな事だから、何時も損な役回りになってしまうのだ。決して口には出さないが。
 先ほどから二つの噂をよく聞いていた。
 一つ目は、すごい美少女が、闘技場付近の広場で歌っている。また、その歌が、とんでもなく素晴らしいらしい。
 もう一つは、この街で、大規模な武芸大会が開かれるらしいとのことだ。大会は三日後から数日かけて行われる。二人一組のトーナメント式で、優勝した組には結構な賞金がもらえるらしかった。ただし、殺しはご法度である。
 前者の噂は、別に、どうだっていい。街中で芸を売っているストリート・ミュージシャンなんて、別に珍しくもなんともない。それよりも後者の方が興味あった。優勝すれば、いい路銀になる。相手を殺さない様に、注意すればいいだけのことだ。
 街は、闘技場を中心に形成されている。その巨大な闘技場が示すように、武芸自体がさかんな街であるらしく、歩いていても、武器や防具などを売っている店が目立つ。さらに、大会目的で立ち寄った旅人も多いみたいだ。景気よく剣を買う青年や、筋肉隆々ないかつい男なんかもよくすれ違った。
 大会が近いからか、街はお祭りのように賑わっている。
 いい天気だ。

 風が囁いた。

 いや、風と共に、歌声が耳に届いた。声は細くて弱いが、確実にキーディンの鼓膜に入ってきたのだ。歌声は続いている。色鮮やかに咲き誇る花弁の香り、清涼な水の流れ、そよぐ風の心地よさ、など、身近にあって、だけど絶対に人間ではつくりだすことの出来ないうつくしさ。それらが、歌によって表現されているようだった。
 だけど、それだけではない。
 歌から落ちてくるのは、うつくしさだけではないのだ。
 キーディンは歌のする方向へ足を運んだ。別に歌に惹かれてのことではない。確かに、今までで聴いたことがないぐらい綺麗な声だ。鈴のように震え、鐘のように響きながら、艶を失わない。声は多彩な楽器のように色を変える。本職の歌手も吃驚するほどだ。
ただ、それよりも強く感じるものがある。
 歌声の主は、噂通り闘技場付近の広場にいた。噴水の前で歌っているらしく、その周りには人間の層が幾重にも作られている。その為歌声だけが聞こえてきて、声の主の姿は見えなかった。
 キーディンは離れたところで、歌が止むのを待つことにした。
少し、話してみたいことがあった。


 ――誰もいなくなった広場で、マナ・フラニガンはコインやら紙幣やら――この世界の金らしきものを拾っていた。かがむたびに、腰まである長い髪が肩からこぼれ落ちる。そのたびに鬱陶しいから背中に行くようにかき上げた。
コインと紙幣は、先ほどの観客が投げてきたものだ。長いスカートの裾をつかんで、袋がわりにする。鞄などの、入れる類のものはもっていない。現在のマナの所持品は、いつも持ち歩いている杖だけだった。スカートが長くてよかった、とマナは思った。
 あの時――マナがメリッサの部屋に入った時、中には淡い光を持った(マナにはそう見えた)メリッサとジオがいた。その光がだんだん広さを増して――次の瞬間には、夜の街に放り込まれていた、というわけだ
 一体あの光はなんだったのだろう。ここはどこなのだろう。マナが知っている”世界”とは、明らかに違った空気を持っている。その事を、マナは肌で感じ取っていた。
見たことがない、知らない貨幣。マナの棲む大陸は多国家であるが、貨幣は統一されているのだ。
 この状態になってマナが一番はじめにしたことは、宿をとることだった。主人が優しい人でよかったと思う。金は持っていなかったが、明日には金の目途がつきます、絶対に払いますから泊めてくださいと頭を下げたら、宿の主人は宿泊の許可をしてくれた。言っておいて、借金取りに借金の返済を迫られている気分は、こんな感じに切羽詰まった感じなのだろうか、と思った。実際借金とりに追われたことはないから、それが本当はどんな気分なのだか知らないが。
 はぐれた三人は、どこにいるのだろう。それが一番気にかかった。わたしがここにいるということは、メリッサも、ジオさんも、レオン君もいるのだろう。問題は、どう合流するか。
 あれこれ考えているうちに、拾うものがなくなった。
 スカートの裾はずっしりと重くなった。この世界の金銭事情なんて全くわからないが、とりあえず先の一泊分は払えるだろう。このまま仲間に会えないことを考えると、安宿なら上手く使えば数日は持つかもしれない。代金を払ったら、喉が少し疲れているみたいだから、お茶でも飲もう。今後のことは、それから考えよう。
裾にある重いものを確かめていたら――視界に手が入ってきた。グローブに包まれている無骨な手は、不思議と優雅に見えた。手は、重くなっているマナのスカートの裾に、金貨を三枚、入れてきた。
 顔を上げると、長身の男が立っていた。
 知らない(当たり前だが)、金髪の男だった。長い髪を右側だけに寄せているような、変な形にまとめている。端整な顔をしているが、顔には大人の余裕と好奇心が張り付いているかのようにも見えた。マナは思わず男を凝視してしまった。おそらくジオさんよりも背が高くて、ジオさんよりも年上だ。つい身近にいる男性が、彼――師の相棒だけだから、なんとなく比べてしまう。
 男は口端を少し釣り上げた。大人の笑みだった。
「これ、そこに落ちていたよ」噴水の少し手前を指差した。
 見落としていたものを、わざわざ拾ってくれたらしい。申し訳なくなって、マナは少し顔を赤くした。
「あ、ありがとうございます」
 頭を下げてその場を去ろうとする。一歩、二歩、三歩かけ離れたところで、
「さっきの歌、君のイレクションかい?」
 質問を投げつけたのは、先ほどの長身の男だ。
マナは、いきなり質問されたことに驚きを覚え、聞きなれない単語に首をかしげた。
 イレクション。一体なんのことやらサッパリだ。何だというのだろう。歌と、意味不明な単語。何かつながることでもあるのだろうか。わたしはただ、普通に歌っただけなのに。

「それ、なんですか?」
 逆に問うたら、男の赤い目が、少しだけ細められた。

 深い藍色の瞳が、怪訝な色をうつす。
 目の前のうつくしい少女は、イレクションが何たるものか知らない。いや、イレクションという存在を知らないようだ。返されたことばが、瞬きを繰り返す瞳が、そう物語っていた。
 イレクション。この大陸の、すべての人間に与えられる脈のことだ。イレクションを扱える人間の事を魔術師という。使える人間、使えない人間に分かれても、「イレクション」という存在を知らない人は、この世界には皆無だと思う。少なくとも、キーディンはそう思っている。
 当たり前だが、魔術を扱う人間に知らない人間はいない。自分のイレクションを自由自在に操れてこその魔術師なのだから。
 少女の歌からは、確かに魔力を感じた。
 キーディンは赤い眼を、すっと細めた。
 この娘も、さっきヘルクが背負っていた娘と同じ、別世界の人間だ。

 

ブラウザバックでお願いします。

 

 

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析