四、水底にて出会う

 

「ここ、どこ?」
 レオンが真っ先に思ったことは、それだった。あれ、おかしいな。確かに師匠の家にいたはずなのに。師匠の部屋に入って、いきなり光に包まれたと思ったら、一瞬で知らない街の中にいた。唯一わかったことと言えば、自分の知らない世界にいる、ということだ。師匠の家の中にいた時は昼時だったのに、一瞬で室外に、それも夜だったのだ。道行く人にここはどこかと尋ねてみると、住んでいる大陸には存在しない国名が飛び出てきた。
「……どうしよう」
 知らない土地というよりも、知らない世界にいる。自分がどこにいるのだかわからない。
 迷子だ。
 王室を追い出されてから、それはもう、いろいろあったレオンである。お陰で年齢の割に、人生経験がそんじょそこらの大人よりも豊富になってしまった。だからか、生半可なことでは驚かなくなってきた。しかし、今回ばかりは事情が違ったようだ。知らない世界で、迷子。所持品は、腰に付けている拳銃のみ。その事実は、十四歳の少年を混乱の淵に立たせていた。こんなに心細いこと、生まれて初めてかもしれない。
 今は昼間である。あてもなく歩いているうちに、この世界にきて最低半日はたってしまったらしい。顔や頭が埃っぽいし、右手が少し痛い。痛みに気になって見てみると、右の手のひらに赤い線ができていた。傷は新しいものだった。無意識のうちに切ってしまったみたいだ。まぁいい。こんな程度の傷は、放っておけばすぐに治る。
 とりあえず、顔や手が洗えるところに行きたかった。そして出来るならば、人のいない所に。井戸や池はないだろうか。
 探しに探して三十分後、小さな池にたどり着いた。街からは、結構離れた場所にあった。池は濁っていない。清水だ。これなら洗える。そして、
「ここなら大丈夫かな?」
 あたりを見回す。ここなら、しばらく人が来そうにもない。ここなら、人に見られることもない。ここなら、気にすることもない。確信して、レオンは安堵の息をついた。両頬に貼っていた絆創膏を、勢いよくべりっとはがす。その場所には、黒い、異様な形のあざがあった。
 頭と顔の前に、手を洗う。
 手のひらの傷はもう、綺麗に消えていた。
どうやら自分には高い治療能力があるらしい。自分の身体には、いくつかの能力が備わっているが、これは特に気に入っていた。医者いらずだし、ちょっとした傷なら、すぐに治ってくれる。
 顔と頭を洗う。水の、程よい冷たさが気持ちいい。
ぽたぽたと、顔から、髪から、水滴がおちてくる。ズボンのポケットからハンドタオルを出して、頭と髪を拭き始めた。タオルは小さくて、これだと完全に水滴は取れないだろうが、ないよりましだ。拭いている途中、少しとがった自分の耳に当たった。
 ふと、視線を感じた。
誰かいる? レオンは慌てた。自分が人間ではないことを、不自由だと感じたことは多々あったが、恨んだことは一度もなかった。それでも、この、とがった耳と、顔の痣を、気心のしれた仲間以外の人間には見られたくなかった。首を回して、人の有無を確かめる。視線がした方向には、
三メートルほど先に、女の子がいた。
レオンの紺色の眼と、少女の青紫の眼が、ぶつかり合う。
眼と眼が合ったまま、数秒、間が開く。
お互い、無言のままだ。

……。

……。

……。逃げたい。ものすごく逃げたい。この、気まずい状況から、なんとか逃げ出したい。とがった耳だって、異様な痣を持つ顔だって、見られたままだ。今何秒たった? 十秒? 二十秒? それとも一分? 時間の間隔が曖昧になっている。どうしようどうしよう。今の僕、凄く挙動不審だ。
少女が口を開いた。眼はしっかり開いたまま、小さく、なんとか読み取れる程度に、

「か」

「か?」
 鸚鵡返しに尋ねる。
 か? か、からなに? かゆい? かんけり? 貨物列車? か、から一体なんなのさ!
「か」
「か?」
 かみそり? かみなり? 火事親父?
「か」
「か?」
 カラス? 釜めし? 勧進帳?
「可愛い――――――!!」
「ぇええぇえ?」
 なんと少女が、眼を輝かせてレオンに近付いてきた。そして、べたべたと耳や頬を障り始めたのだ。少女の青緑の瞳は、好奇心からか、きらきらと輝いている。
 そしてそのまま十五分、少女はたっぷりとレオンに触り続けた。
 か、から先の答は、「可愛い」だった。


ブラウザバックでお願いします。

 

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析