四季、地獄めぐり うえ

 

Q、地獄ってあると思う?

A、あるんじゃないかと思ってる。もしくは、あってもいいんじゃないの?

 ――この答は、過去の私の意見である。あくまで主観なので、あまり参考にしないように。まぁ、この質問この答を参考にせねばならぬときなんて、ないだろうとは思うが。
 私がこの質問受けたのは、少なくとも十年ぐらい前の話だ。確か冬だったと思う。当時の私は、大学生という名のニートという最悪な人間種に陥っていた。でも大学生なんて、長期休暇中にバイトでもしていなければ、ニートになると思う。あと、趣味がネットとかゲームなインドアな人間もニートだ。友人であるKは「大学生の人口のうち、半分以上は引きこもり」と豪語していたのをよく覚えている。
 Kというのは、私の高校時代からの友人だ。本名で出たくないらしいので、僭越ながらKで通させていただく。彼女と私の関係は友人で、割と「冷めている」友人関係でもある。彼女とは趣味が漫画・ネット・ゲームという共通点で仲が良くなった。そして彼女はインドアである。つまり、Kも私と同じような人種なのである。
 十九の冬、私と彼女は十九で大学生で――ニートなのであった。
 で、この面倒な地獄云々の質問はというと、いきなりKからメールで送信されてきたものだ。あまりにも唐突な質問なので、反応にものすごく困った覚えがある。今まで地獄について誰かと語ったことはない。自分で考えたことも、ない。

 地獄。宗教的価値体系において、霊界のうち、悪行を為した者の霊魂が死後に送られ罰を受けるとされる世界。(ウィキペディアより)

私がよく使うサイトの、ウィキペディアではこう書かれている。
 彼女が聞いてきたのは、死後の世界である地獄のことだということは明白だった。「地獄」温泉でも、映画タイトルの「地獄」でも、江戸時代の格の低い売春婦のことでもないようである。

 地獄って一言で言われてもなぁ……。

 私は頭をかいた。困った時に、私は頭をかく癖がある。
 何でいきなり地獄なんだ?
 私は盛大にあくびをした。時計を見たら、午前三時を回っていた。こんな時間にメール送ってくるなよ、と、そこにいないKに毒づいた。時間を確認したら、急に睡魔が襲ってきた。
 思考回路に眠気が入ってくると、考えていることが自分でもよくわからなくなってくる。というか、返信するのも考えるのもダルくなってくる。
 私はキーボードをちゃちゃっと打って、簡単にKに返信した。
 パソコンの電源を切って、寝た。

 その時の私の答えが、前述のAの通りである。

 翌朝――といってももう十二時過ぎなのだが、パソコンを開くとKからメールが来ていた。ニートの朝は遅く、ニートの夜は遅いのである。反動で、今の私は、朝早く夜早く寝るという、老人のような習慣がついた。

『もっと真面目に考えろ!』

 一言、実に一言である。
 お前も考えろよ――と私は返そうとした。何で私が地獄について真面目に考えねばならないのだ。非常に理不尽である。が、それだけだとつまらない。
 私はさらに、こう切り返した。

『落語の世界だと、天国よりも地獄の方が面白いらしいよ』

全く脈絡のないことを送った。

「地獄八景亡者戯」という落語の囃子がある。
江戸落語では「地獄めぐり」というタイトルにもなっているこの囃子は、サバに当たって死んだ喜ぃさんという男が、冥土で友人の伊勢屋のご隠居と再会するところから始まり、登場人物や主人公を変えながら、陽気に地獄めぐりをするという感じの話である。間違っていたらごめん。
 陽気に巡れるなんて、地獄という場所はさぞ愉快なことだろう、と当時の私は思ったものだ。
 数秒後、Kからまたしてもメールが届いた。起きてんのかよ。

『意味がわからない』

 仕方がないから、私は「地獄八景亡者戯」を簡単に説明した。

『へぇ』

 一言、実に一言である。
しかも、興味がないのが丸わかりな「へぇ」である。
 もう地獄についてあんまり考えたくないので、これで終わりにしたい。と、私は切実に思い……一言だけだと思っていたら、続きがあった。スクロールさせる。

『落語世界の地獄について聞きたいんじゃない。アホかお前は』

 ……だそうです。まぁ、落語世界の地獄について書いたのは私だけど、最後のアホかはないんじゃないか。

『なんでいきなり地獄について聞いてきたんだよ?』

 最初、Kが送ってきたときの、素直な気持ちを送った。
 ……そうだ。Kは、何故いきなり地獄の有無なんて聞いてきたんだろうか。自殺願望でもあって、自分の死後の行き先が地獄だったらやだなぁとか、そんな感じだろうか。しかし、それだったら、Kにしては珍しいことだと思うばかりである。
 返信してから数分経った。当時のKは、パソコンは持っていなかった。なので、ネットをする時もメールをするときも、彼女は携帯電話からだった。そしてKは常に携帯を持っている。返信も、早い。
 Kにしては、返信が遅いなーと思った。まぁ、どうせ、寝たんだろう。

 私は地獄という場所について、インターネットで簡単に調べてみた。
宗教によって地獄というのは、微妙に違うらしい。キリスト教だと罪を悔いあらためない人間や、神に背いた人間が、永遠の責苦を受ける場所で、仏教では六道の最下層で、閻魔さんの審判に基づいて様々な責苦を受ける場所だ。イスラム教ではジャハンナムといい、不信人者や悪事を侵したものが、灼熱の責苦を受ける場所とされている。
 世界三大宗教それぞれから見た地獄の共通点は「生きている間に悪いことした人が責苦を受ける場所」である。とりあえず、肉体的にMな人は、行ってみる価値あるんじゃないか、とか、思ってしまった。わざわざ生きている間に悪いことしてね。
 しかし……
 これだけだと、地獄という場所は結構適当だ。
 例えばキリスト教だと、地獄に落ちる人間は主に「罪を悔いあらためない人間・神に背いた人間である」ということは、生きている間、極悪最悪な事を繰り返した人間が、死ぬ際に「今までわたくしはわるうございました。私の罪をおゆるしくだせえ」とか、今さら悔い改めたりしたら、その人間は地獄に行かないのか? しかも許す存在は絶対の存在である、神である。神さんが許したら、どんな極悪人も地獄行きにならんのか? そもそも、その神さんという存在は、本当に存在するものだろうか。
 宗教というものだって十分胡散臭いものなのに、その上の神という存在は、存在するかも定かでない、宗教以上に胡散臭いものである。宗教だって、人が勝手に作ったものにすぎないのだ。
 宗教、神、死後の世界。
 これらのものは、ある意味、人間が最も振り回されているものの一つだと、思ったことを覚えている。
 パソコンの電源はそのままにして、私は自室を出た。

 その日、私は夕飯の席で、Kから聞かれた質問を、そのまま家族にしてみた。
「なんでいきなり……?」
 そう言ったのは多分母だったと思う。いきなり娘から振られた話題に、眉間にしわを寄せた。これが漫画だったら、頭の上にはてなマークがついていたと思う。
「Kから聞かれたんだ」
「え、なんでKちゃんから?」
「知らんよう」
 私だって聞きたい。というか、聞いた。しかしあれからパソコンを開いていないので、Kの回答を見ることはできない。Kから返事は、来ているのだろうか。
 Kは、私の友人であるが、高校時代の私の無二の親友である。高校時代の私とKは、どうもクラスから浮いていたらしい。漫画が好きだという時点でオタクのレッテルを貼られたから、というのもあるだろうが、一番の原因は人と話すのが面倒だったからだった。……面倒だったので、私はずっと本を読み続けていた。
私とKは、漫画・アニメ・ネットなどの趣味の共通点があったが、一つだけ、違ったものがある。それは、読書である。私は小さい頃から活字を目で追う、という作業が大好きだった。今思うと、あの頃が一番読書をした時期であった。「パルムの僧院」みたいな古典から、「完全自殺マニュアル」みたいな問題作まで読んだっけ。基本的に、私が高校時代話した人間は、教師かKだけである。
 Kと私は、漫画・ゲーム・ネット以外に、「読書」ということでも繋がっていた。
 母は、箸を置いて少し考え込んだ。
「人間が死ぬ、ってことは、その人間の肉体が動かなくなる、心臓が止まる、ってことでしょう」
「うん」
 母は結構この手の話に乗る。
「その、肉体が死んだら、魂が抜ける、というのが定説で」
「うん」
「だったら、肉体じゃない、新しくその魂を受け入れる場所が必要なんじゃないかな? 地獄って所は、そういった場所のひとつなんじゃないの?」
「うーん……」
 イマイチ、ピン、とこない。しかし、反論するような考えも思い浮かばなかった。思ったことは、それじゃない気がする、という感覚的なことだった。
 一時期、死んだら人間はそれで終わりだ、という説がはやったらしい。それは私が生まれる少し前のことだ。だけど、この説もやはり私は納得がいかなかった。
 私は大根の煮付けに箸をつけた。よく煮えた大根は、味が染みていて美味い。母の料理からは、昔も今も変わらない、温かい、家族の象徴のような味がした。
 死んだらものは食えんだろうなぁ、とだけ、ぼんやり思った。
 だったら、とりあえず今は死にたくないなぁ、とも。


 夕飯を終えてパソコンを開いてみると、Kからメールが届いていた。

『なんとなく。暇だったから』

 一言、実に一言である。
 私は、盛大に呆れ――こめかみに青筋が浮かんだ気がした。
 私はこの「なんとなく」の一言でこんなにイライラして殺気を覚えたことはなかった。私は、Kの「なんとなく」で、振り回されたわけだ。
 しばらく、私とKの、不毛で中身のないメールのやり取りが繰り広げられた。しばしの間、付き合っていただきたい。
 今思うと、Kが「なんとなく」と言った時点で、呆れ果て、私は、この地獄についての考察をやめておけばよかったのだ。しかし、それも後の祭りである。

『ふざけんなボケ。じゃあお前はどうなんだ。地獄があるとでも思ってんのか』

『あるんじゃないの? もしくは、あってもいいな』

『私と同じじゃないか。結局話題を振るだけ振って、何も考えてないだろ』

『うん』

『素直に言ったよ、この人』

『いや、君に聞けば、何か面白いことが聞けるんじゃないかとも、思った』

『言わないよ』

『なんだつまらん』

『……地獄があるか、本当に気になるの?』

『うん』

『なんで』

『教えない』

 ……もう返信するのが面倒臭い。こんな話題に身を置く自分がいやだ。いくらニートで、半ひきこもりだからって、何故うら若き大学生がこんな地獄についての考察をせねばならないのだ。しかも動機が、なんとなく、そして暇だったから。
 どうせ人間は、いつかは死ぬ。地獄に行くかなんて、地獄という場所があるかどうかなんて、死んでみなきゃわからないじゃないか。そして、きっとその時は宗教なんて関係ない。
 面倒だ。
 私はものすごく投げやりな気持ちでこう送った。

『そんなに気になるなら、一回死んで確かめて来い』

 これで、この話題が終わってくれることを祈り……数秒後、Kから何回目だかわからない返信が届いた。今の私は、この時このように送ったことを激しく後悔しているが――当時のこの体験は実に愉快だったので、同時にこれでよかったのかもしれない、とも思っている。

『そうだね。じゃあ死んでみるか』

 ……。
 私は無言でキーボードを打った。

『それ、本気?』

『うん』

『え、マジ?』

『うん』

『え、なんで?』

『お前が行って来いって行ったんだろう。……どうせニートでやることないし、私が死んだところで、誰も困らない』

『いや、困る人間はいるぞ』

『誰?』

『私だ』

『なんで?』

『私が死んで地獄に行って来いと言ったんだ。何かあったら私のせいにされる』

『そうだね。……じゃあお前も一緒に死んでくれ』

 ……。……。

 盛大に――困った。
 結局その時は、どうしてKが地獄について話を振ってきたのだか、死んでくれと言ったのか、わからないのだが、彼女は死ぬ気満々らしい。今にも手首を切ってしまいそうな勢いが、メールからは感じられた。
 私はどうすべきであろうか。
 選択肢は三つだった。

一、 Kに考えを改めさせて、このくだらない会話を強制終了させる。
二、 無視する。
三、 Kと一緒に心中して、地獄に行ってみる。

どうして私がKと心中しなければならないのだ。しかも、動機が「こいつが死んだらおそらく私の責任」。こんなどうでもいいことで、私は人生を棒に振りたくなかった。
 さて、どうしたもんか。私はしばらく考えた。Kも私も納得する選択肢はと考えた。
 しばしの間、思考する。
私はキーボードをたたいた。私が送った返答は、選択肢三であった。

『そうだね。じゃあ、地獄見てこようか』

 何送ってんだ私! さっき死ぬのやだなぁとか思ったばっかりじゃないか。いいのか私、いや、大丈夫、私は死なない! だから、地獄を見てこよう!
普段の私であれば、選択肢一を送ってそれで終わりだったが、本当にKが死んでしまったら、私に責任が少なからず来るだろうので、言えなかった。それと、今思うと、いやだいやだ考えたくないとか思っておきながら、Kの質問から私は、少なからず死後の世界に興味を持ってしまったのだと思う。別にKとだったら、一緒に死んでも退屈はしないだろうし。だから、私の算段も入ってのことだが、Kの話に乗って、選択肢三の返答を送ってしまった。
 というわけで。
私とKは、地獄を見てみるべく、ためしに自殺という行為を、してみることにした。

 死に方について。
首つりは苦しい、飛び降りは死体が美しくない、リストカットは痛い、電車事故は他人に迷惑がかかる、雪山遭難は寒いし行くのに時間も金もかかる。
というわけで、私とKは睡眠導入剤を飲むことにした。

『せーの、で飲むぞ』

『おう』

『せーの!』

 メール越しに、Kが錠剤を飲み込む音がしたような、気がした。

 そしてこの体験談は、ここから始まる。

 

 

なか、につづく

 

 

 

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