四季、地獄めぐり なか

 

……私は、まず、立っている自分の姿を確認した。死人が火葬の時に来ているときのような、まっ白い着物を着ていた。勿論、合わせはちゃんと逆になっている。
 あたり一面は、薄暗く、白い霧がかかっている。
 ここが、冥土というものだろうか。ちょっとわくわくした。
 てくてくと歩いていると、見知った顔を発見した。
 言うまでもなく、Kである。
 私は、「地獄八景亡者戯」の、喜ぃさんと隠居した伊勢屋みたいな感じになっているな、ということに気がついた。彼らは死して冥土で再会するのである。そして、私とKも、同じく冥土で顔を合わせるのである。状況がそっくりだ、と一人でにやにやした。
 よく見てみると、Kの額のところには、漫画でよくオバケが付けるような、三角の布がついていた。私の額にも付いているのだろうか。額に手を当てると、確かに布らしき感触があった。……幽霊でも、すり抜けずに、触ることが出来るらしい。
「よう」「おう」短く挨拶を交わして、歩きだした。私たちの会話は、いまさら変わらない。
 Kは、男らしい言動や性格に反して、目鼻立ちが整った、隣で立っていると羨ましくなるぐらい、きれいなかんばせを持っていた。久方ぶりに彼女のそのかんばせを見るが、高校時代からの美貌は衰えていない。
 私とKは、メールは頻繁に交わしているが、顔を合わせるのは実に久しぶりである。立場が同じの私たちであるが、大学は別のところにいった。学校が違うと、顔を合わせる機会も少なくなるものである。
 しばらく他愛もない会話をしながら、歩く。歩く。歩く。
 それにしても、
 歩けども、歩けども、辺りは白いばかりである。
 歩けども、歩けども、先には何も見えてこない。
 足に感じていい筈の、肉体的疲労は、訪れなかった。……当り前か。私たちは今、肉体のない、魂だけの存在だからだ。
霧は一向に晴れそうにない。
「以外に何もない場所だね」
 Kは、私が思っていたことを、そっくりそのまま言ってきた。……一体こいつは地獄の何に期待したんだ?
 歩くだけの、暇人である。
「私たちは、とりあえず死ぬという事に成功したらしい」
「うん」Kの発言に適当に相槌を打った。
 再び、沈黙。
 ふと私は思った。
「Kよ」
「なんだ」
「私たちには肉体がない」
「だから?」

「パンツの変えは、必要なのか」

 ……これをご静聴の皆様、非常に申し訳ない。いきなりの下ネタ、いや、下ネタにもなりきれてない中途半端な発言に、気分を害された方もおられると思うが、しかし、何故か、そのときの私は思ったのだ。そこに思いつくまでのことは忘れた。天文学でも解明することは不可能だと思う。
霊魂にパンツは必要か? それとも肉体がなく、排泄するものがないから不必要なのか? そもそも今のたちは霊魂という存在で、パンツをはいているのか? はいていないのか? しかしそれでノーパンだったら、ハレンチじゃないのか?
 Kは私を冷たく一瞥した。Kの眼力は、割と、いや、相当怖い。そんな目で、私を睨むなよ。私はそう思ったが、睨まれたのは実は一瞬で、次の瞬間私はKに思いっきり蹴られた。霊同士は触ることが出来るらしい。それよりも驚いたことは、痛みを感じるということだった。……これも霊同士だからだろうか。
「痛いな!」
 Kの蹴りは、恐ろしく鋭く、重いのだ。
「痛くやったから当たり前だ」
「なんで蹴るんだよ」
「お前がくだらない事を聞いてくるからだ」
「仕方がないだろ。気になったんだから。」
「……そんなことを気にするから、お前はバカなんだ」
「バカにバカって言われたくない!」

 しばらく、Kと私の、パンツは必要か必要でないかで、ながーく話した。結局そのときは、霊魂である存在に、パンツの変えは必要ないという結論に至った覚えがある。

 このように、私とKは、くだらない話をしながら、冥土の霧の中をひたすら歩いていった。
その道中の、陽気なこと……。

「にしても、死んでみると、色々心残りがあるなぁ」
「ほう、たとえば?」
 Kは順番に挙げていった。見たいアニメが未消化なこと、読みたい漫画が未消化なこと、嫌いな人間の靴の中に画鋲を入れなかったこと、ティラミスを腹いっぱい食えなかったこと、ネットがもうできないということ、車の免許を取っていないということ……。小さいことばっかりだ。
「なんでティラミス……」
「うまいから。あーでも、どうせ死ぬんだったら、睡眠薬のんでじゃなくて、フグ食って死ねばよかったなぁ」
「そんな高価なもんを買う金、どうせないだろ」
「私のポケットマネーからはない。お前、奢れ」
「……誰が奢るか」

 その道中の、陽気なこと……。

 *

 さて、霧の中を、ひたすら話をしながら歩いた私とKであるが、異変が起こった。なんと、霧が晴れてきて、前が見えてきたのである。
 目の前に現れたのは、でっかい川だった。
 成程、あれが三途の川か。それにしても、その川のでかいことでかいこと。なんか、幅も広いし、水の量も多いし、流れも速いし、アマゾン川だってナイル川だって吃驚だ。
 誰かいないもんだろうか。私はきょろきょろと首を回して、人影を探した。そうしていたら、
 三途の川の川岸に、一件の小屋があるではないか。
 もしかしたら人かいるかもしれん。ということで、私とKは小屋を訪ねてみることにした。
 小屋は茶屋だった。「茶屋 桜ちゃん」という旗が掲げられている。小屋は古びて、屋根が傾いていた。所々、材木が腐ってボロボロになっている。遠目からみてもわかる、正真正銘のボロ屋だった。はっきり言って、私だったら住みたくない。それでも人が腰を掛ける、ベンチみたいなのだけは、赤い布がかかって異様に綺麗だった。
 小屋もボロで驚いたが、それよりも眼を惹いたのは、小屋の隣に立っている、一本の桜の木だった。満開の染井吉野。しかし、
「灰色の桜って、全然綺麗じゃないな……」
 そう、灰色だったのである。桜は、桃色であるから綺麗なのだ、とはっきりと思った。……地獄だと桜は灰色なのか。やだなぁ……。
「ごめんくださーい!」
 小屋を覗いて、私は声をかけてみた。小屋の中は、外見と違って小奇麗ですっきりしていた。問題なのは外見か。建て替えろよ。
「はいはいはいはいはーい」
 出てきたのは、陽気な若いネェちゃんだった。髪の毛はきっちりと日本髪でまとめ、着物の上に、前掛けをつけていた。愛嬌のある顔に、白粉を塗ったり紅をひいたりと、隙なく化粧をしている。きっちり化粧はしているけど、それがうるさくなかった。結構な美人だった。年齢は二十五ぐらいだと思う。着物の合わせは、やっぱり私たちと同じようにちゃんと逆になっていた。違うところといえば、着物は私たちと違う、真赤な色だということと、額の三角の布は、ついていないところだった。
 ネェちゃんは愛嬌のある顔に、笑みをこぼして挨拶してきた。
「どうもこんにちわ」私達もつられて会釈する。ネェちゃんの口調からは、関西弁っぽいイントネーションを感じた。「まぁまぁ、お掛けになって下さいな」ネェちゃんはそう言って、椅子(赤い布がかかったベンチね)を薦めてくれた。
「さっき死んで、ここについたんだ。ここって、地獄?」
 言ったのはKである。ネェちゃんは、
「まぁ、そんな感じですなぁ。どちらかっていうと、入口って感じですが。ほれ、おまんら、あっちのでっかい川あるやろ?」
「三途の川の事?」
「せやせや。いっぺん死んだ人間は、あの三途の川渡って、地獄の王の、閻魔さんに会うっちゅうことになってるんや。でな、その閻魔さんに、おまんらの今後の行き先を決めてもらうん。そうゆう掟なんや」
「へぇー、あ、どうも」
 ネェちゃんは陽気に話しながら、お茶と団子を出してくれた。私とKは、ネェちゃんにお礼を言って、団子に口をつけた。まさか、こんなところで団子を食うとは思わなかった。しかも、結構うまいじゃないか。
その後、私たちとネェちゃんは、いろいろと話をした。この先をもう少し下った所に、船の停留所があって、船頭さんもいるらしい。死人はそれに乗って、閻魔さんの所にいくのだそうだ。泳いで行くことも可能だそうだが、大体は川の流れの激しさに飲み込まれるらしい。
私は茶屋の横にある、灰色の桜について聞いてみた。どうやら灰色になってしまうのは、この場所の地質と、三途の川の水質が原因で、だから、桜でも何でも、花の色はすべて灰色になってしまう、とのことである。
「見てみたいなぁ。灰色でもない綺麗な、桃色の桜の花。ここでない場所なら、あるんやろうか」
 どうやらこのネェちゃんは、ここから離れたことがないらしい。
「行き先ってどんなところがあんの?」
「さぁ? ウチは、ずーっと、この川岸で茶屋をやっとるさかい。ここ以外のところなんて、知らんなぁ」
 このネェちゃんがここで茶屋をやっているのは、閻魔さんに頼まれてのことらしい。わざわざ頼まれるってことは、ネェちゃんと閻魔さんは親しい関係とみた。
「そういや、閻魔さんって、どんな人?」
 私がそう尋ねると、ネェちゃんは急に白い顔を赤くして――私の背中をバシバシ叩きながら、笑い転げ始めた。
「いやぁやわぁ。おまはん、そんなこと、聞かんで下さいな。ウチの口からでる閻魔さんのことなんて、褒め言葉しか、でやしませんよ。あの人ほど素敵な人なんて、おらしませんわなぁ」
 痛い痛い! 食ってる途中に背中叩くな。惚気てんのか、このネェちゃん。
「あんたと閻魔さんって、どんな関係? 聞くからに、結構親しそうだけど」
 ネェちゃんにバシバシ背中をたたかれて、死にかけている私に代って(いや、もう死んでるんだけど)Kがネェちゃんに聞いた。私が気になっていることでもあった。
 ネェちゃんは、にやにやしている顔をさらに深くした。そして、一言。
「ウチはな、閻魔さんの、コレ、や」
 そう言って、右の小指を突き立てた。
 私とKは、眼球が飛び出るぐらい、眼を見開いた。鏡があったら、二つの間抜け面が、さぞかしよく映っていただろう。オイ、ネェちゃん、そうゆう答え方しない方がいいよ。
 閻魔さんにこんな美人な彼女がいるもんなのか、とその時の私とKは、同じように驚いたものだ。
と、その時、何か音楽が鳴った。ネェちゃんの前掛けのポケットの中からだった。ネェちゃんはポケットから携帯電話を取り出した。……携帯があるなんて、地獄もデジタルになったもんだ。
 ネェちゃんは慌てて電話に出た。やけに嬉しそうな顔をしている。
「もしもし、こんにちわぁ。あんた、久しぶりやわなぁ。何日電話くれなかったん? ウチ、めっちゃさびしかったんよぅ。……え? 何時間の間違いやってぇ? ごめんなぁ。でもウチは、声が聞きとうて聞きとうて、しゃあなかったんよ」
 うわぁうぜぇ……。
惚気ようからして、相手はネェちゃんの彼氏・閻魔さんらしい。時間ごとに電話するとか、結構律儀なんだな、閻魔。
 私とKは、惚気ているネェちゃんをそのままに、残りの団子と茶の征服に取り掛かった。あまりの惚気ように、聞いているとイライラしてきそうだ。いや、もうしているか。
 それにしても、長い。もはや一五分ぐらい、だらだら話している。携帯代、大丈夫なのか? といらん心配をしてしまった。
 私は最後の団子を飲み込んで立ちあがった。電話をしているネェちゃんを邪魔しないように、茶屋を後にしようとして――問題が起こった。Kが聞いてきた。
「……金って、払うの?」
 重大問題である。先ほどのパンツよりも重大な問題だ。
 地獄に金は必要か。
 茶屋っていうぐらいだから払わないといけないんだろうが……。
「私ら金持ってたっけ?」
 重大問題である。
 私とKは、懐を探ったりと帯を探ったりと、いまさらながら自分の身を改めてみた。互いにここに来るまで、もしかして金が必要な事態になるとは思ってもいなかったのである。金はないか、金はないか、金はないか。地獄に金はない、というのが定説じゃなかったのか。何で必要になるような場面があるんだよ。
 私は右の振袖の袂を探ってみると……札らしき感触があった。お? と思って、それを掴んで取り出した。
 こんにちわ、野口さん。その数、三枚。
 入っているのが謎だったけど、敢えて考えないことにした。きっと死ぬ瞬間に、五千円札を持っていたんだ。と思うことにした。…Kも、野口さんが五枚、袂に入っていたようである。……だから何で入ってるんだよ! 何故金があったのかは、結局今でも謎のままだ。きっとあれだ。妖精さんだ。
 私はネェちゃんの方をちらりと見た。電話はまだまだ終わる気配を見せない。寧ろ激しくなってる。
 金を払ったらいいのか、それともそのままにして去っていいのか。
 ……。……。
 私とKは、互いに野口さんを一枚ずつ置いて、電話をしているネェちゃんをそのままに、茶屋を後にした。
 これなら大丈夫だろ。と、ひとまず安心することにした。

 歩き始めて、唐突に、私は思った。
「あのネェちゃんに、地獄にパンツは必要か、聞いとけばよかったなぁ」
 直後、私はKに思い切り蹴られた。
 こいつの蹴りは、凶器だ。

 *

さて、茶屋を後にした私たちは、三途の川の河原をひたすら歩いていた。茶屋のネェちゃんが言っていた、ボートの停留所を目指しているのである。とりあえずそこに行ってみないと、閻魔さんに会うことも、川を渡ることもできないらしいから。……あんな激流な川を泳いで渡る気は、私もKも、サラサラないのである。
ボートの停留所には、すぐにたどり着いた。先ほどの茶屋と勝るとも劣らないぐらいボロい停留所には、赤銅色の大男が、どかっと座っていた。あれが、船頭さんらしい。
船頭さんらしき大男は、私たちに気付いて、「おお、おまいらが今度閻魔さんに会いに行くやつらか。ホラ、乗りなれ乗りなれ」と言ってきた。いかつい見た目に反して、なかなか陽気な人であった。やっぱり関西っぽいイントネーションを感じた。……さっきのネェちゃんといい、地獄は陽気な人間が多いのか? 船頭さんは私たちを船に追い立て、そのあとに自分も乗り込んだ。
 船が動き出した。
「おまんらのことは、さっき桜ちゃんから聞いたでぇ」
「桜ちゃん?」
 誰? 少なくとも、私には桜という名前の友人はいない。それはKも同様だったらしく、同じように首をひねった。桜ちゃん。誰? カードキャプター?(CLAMP先生すみません)
「桜ちゃんってのは、あの茶屋の姉さんや。さっきわしに電話してきたんさぁ。桜ちゃんは、ここにやってくる人をわしや閻魔さんに知らせるのが役目やからなぁ。ついでに、不審者がいないかどうか見てるんや」
 なるほど、あのネェちゃん――桜ちゃんにはそういう役目があったのか。それだったら、地獄の第一段階のあの場所で、茶屋をやっているのもわかる気がした。誰が来るかを見て、これこれこういった人がくるよーと、教えるのだ。私たちが去った後、彼女は旦那との電話を切り上げて、船頭さんに電話したらしい。……どうでもいいけど、地獄に不審者なんて、現れないと思うぞ。殺人者や極道なら来ると思うけど。
 三途の川を、一つのボロい船が、進む、進む、進む。
 向こう岸についた。私たちは丘に上がる。船頭さんはそのまま船で、元の場所に戻るらしい。
「こっから真っ直ぐ行ったところに、閻魔さんはおらはる。この道、地獄通りっていうんやけどな、この道を真っ直ぐ行きい。」
「わかったー」
 私とKは、親切に教えてくれた船頭さんに頭を下げて、去ろうとして――急に袖をつかまれた。
「忘れとった」
 船頭さんは、袖をつかんでない方の手をだした。オールを握って出来たタコが目立つ、手のひら。
「……まだ何か?」
「船代、くれ」

 ……は?

 すみませんもう一回言ってください。
「だから、船代、くれ。……タダで渡れると、思うたか。ここで代金貰っとかなにゃ、嫁さん子供を養えん。わしは、これで食ってってるんやから」
 船頭さんは、手のひらをさらに差し出してくる。金くれ、金くれ、というように。……実際金くれって言ってますけど。あんた扶養家族がいたのか。
「えっと、いくら?」Kが聞いた。
「一人当たり、コレ、や」
 船頭さんは人差し指を突きだした。いち。
 私とKは頭が一から始まる数字を、順番に言っていった。
「えっと……一円?」
「んなわけあるかいな」
「十円?」
「もっと高い!」
「百円?」
「もっと」
「千円?」
「もう一声!」
 まさか……
「まさか、一万円?」
 おそるおそる、Kが言った。大男は、Kの質問に首を縦に振った。
「ちゅうわけやから、ほれ、くれ」

 ……。

『ふざけんな、ボケ!』

 私とKは、ぴったり同じタイミングで、同じことを言った。

 結局、諭吉さんを一枚も持っていない私たちは、二人で値切って値切って値切って、野口さん一枚にしてもらった。船頭さんは、これじゃ嫁さん子供を養えん今月どうやって暮らしたらええんや、と恨みがましい目で睨んできたが、そんなのこっちの知ったことではない。大体、地獄というこの場所で、何で金が必要なのか、こっちが聞きたいぐらいだ。
 私たちはそんな船頭さんをほっといて、地獄通りをすたすたと歩いて行った。

 *

 地獄通りを抜けた私たちは、一つの扉の前にたどり着いた。それはそれはでかい扉で、俺様が扉であるということを主張しているようで、扉以外の存在であることを拒否しているようだった。意味分かんなくてごめん。
『閻魔大王様の部屋 ノックしてね?』
 こんなことが書いてある紙が貼られている。……随分な少女趣味だ。
「……ノックすべきなのか」
「さぁ。でも、一応は、したほうがいいんじゃないの?」
 ……抵抗持つなぁ。でも、しないわけにもいかないので、私は扉を軽くたたいた。そうしたら、扉は勝手に開いてくれた。
 中に入ると、エラソーな男が、エラソーにふんぞり返っていた。座っている椅子も豪奢でエラソーである。ついでに言うと閻魔さんが座っている椅子まで、レッドカーペットが敷かれている。空間からしてエラソーである。そして座っている男は、エラソーだけどはっきり言って醜男である。
 男が口をあけた。地面がひび割れるんじゃないかと危惧してしまうぐらいの大音声で、

「俺が閻魔大王であるっ!」

……。どこかで聞いたことのあるようなセリフだなぁ、と私は思った。とりあえず目の前の人が、閻魔さんだということはわかった。
閻魔さんは、手に持った書類をパラパラとめくった。めくってめくって――手を止めた。そのページを吟味するように、よく見つめていた。
「お前が、」
 閻魔さんはKを指差した。
「お前が、K。十九歳、女。で、お前が、△△(私の名前だ)。十九歳、女」
 似たようなプロフィールだ。
「共通点は……オタクで大学生でニートか。救えんな」
 閻魔さんは鼻で笑った。……くっそ。返す言葉が見つからない。てゆうか、今のなんだ! オタクで大学生のニートには人権はないと言わんばかりの言葉は!! 差別ですよ!
 閻魔さんは再び、書類に目を落とした。私たちの、今後の行き場所について考えているらしい。
 沈黙である。

 ……。……。

 暇人、再び。
 と、その時何か音楽が鳴った。目の前の閻魔さんは、書類から目を離して、慌てて懐から携帯電話を取り出した。……本当に地獄もデジタルになったもんだ。
「もしもし、桜ちゃんか。さっき電話したばっかだろうが。まったく、かわいいやつだなぁ、ハハハ」
 電話の相手は、さっきの茶屋のネェちゃん・桜ちゃんだった。……何がハハハだ。
 あまりの惚気ように、私たちがイライラしたのは言うまでもない。
 お前らの脳内、バラ色だな。

 閻魔さんと桜ちゃんのラブラブ会話が終わったのは、それから十五分後だ。
「なぁ閻魔さん」
 Kが話しかけた。閻魔さんは先ほどの惚気てにやにやした顔から一転した、エラソーな顔を作った。
「閻魔さんではない! 閻魔大王である!」
「変わんねーよ」
 私は冷たく突っ込みを入れた。
「いや、変わる! 確かにさん付けだろうが大王だろうが、俺が閻魔であことには変わりないが、ただの閻魔さんよりも閻魔大王って言ってた方が、なんとなく偉い感じがするだろうが!」
 そこまで言われてしまっては、もう何も突っ込めない。確かに、と頷くほかなかった。しかし、ここに来るまでの道中で会った人は、みんな閻魔大王様と大仰な言い方じゃなくて、普通に閻魔さんって親しそうにしていたが……。
「というわけで、お前たちも、俺のことを閻魔大王様と呼べっ!」
「まぁまぁ閻魔さん、そんなことより」これはKである。
「だから閻魔大王様と呼べっ!」

「さっきの電話って桜ちゃん?」

 閻魔さんはぴたっとうるさい口を閉じて――目を白黒させたり顔を赤くさせたりと、急に落着きがなくなった。
「そ、そうだが」
「じゃあ、桜ちゃんって閻魔さんの、コレ?」
 Kは右の小指を一本だけ、突き立てた。……さっきの桜ちゃんと言い、Kといい、そうゆう聞き方はやめた方がいいぞ。
 まぁ、確かに私も聞きたいことでもあった。ただ単に桜ちゃんが奥さんを自称しているだけかもしれない。それよりも、目の前のゴツくてブサイクなおっさんに、何で桜ちゃんのような美人な奥さんがいるのかと、不思議でしょうがないからだ。
 あれかな。百パーセント美人のカップルは、完璧すぎて見ていてムカつく。だけど、その逆では見ていて悲しくなる。カップルの容姿は二人で百点。三十パーセントの彼女には七十パーセントの彼氏を、九十パーセントの彼女には十パーセントの彼氏というように、閻魔さんと桜ちゃんは、そんな感じのバランスのとれたいいカップルなのか? (コジロー先生ありがとうございます)
 閻魔さんは「うむ」と小さい声で頷く。
 ……証明がとれてしまった。
 私もKも驚きすぎて、妙な間が空いてしまった。何か言った方がいいのかな?
「桜ちゃん、確かにかわいいよね」「うん、かわいいって言うか、美人系だよね。でも、それが嫌味じゃなくていいよね。陽気でいいよね」
 私とKが適当にそう言うと、閻魔さんは乗ってきた。
「そうだろそうだろ? お前もそう思うだろ? 桜ちゃんはかわいいぞ。数ある女を地獄で見てきたが、桜ちゃんほどいい女はおらん。」
 ……。まぁ、地獄に来るような女なんて、ろくな女じゃないだろうけどね。(私たち含む)

 妙なことになったもんだ。
「おまいら、これ見い」
 閻魔さんは携帯電話に貼り付けてあるプリクラを、私たちに見せてきた。携帯電話があったんだ。まぁ、プリクラを撮る機械とかもあるんだろう。もう、パソコンがあるよデジカメがあるよと言われても、驚かないことにする。現代の文明が進化するように、きっと
同じように地獄の文明も進化していくのだ、と思うことにした。
 妙なことになったもんだ。
 桜ちゃんがかわいいということで(表面的には)意気投合した私たちと閻魔さんは、何故か座り込んで飲み会をしていた。閻魔さんは日本酒らしき酒を、並々とコップについでかっくらっている。ちなみに私たちはまだ十九歳なので、ジンジャーエールで我慢した。
 酒を飲んで上機嫌になると、閻魔さんは地の関西弁が表に出るようだった。閻魔大王といえども、自分の彼女が褒められると嬉しいのだろう。
 プリクラには、閻魔さんと桜ちゃんが、実に幸せそうに写っている。「かわええやろ? いいやろ? ラブラブやろ?」私は何も答えずに、無言でジンジャーエールを飲んだ。……嬉しいもあるだろうけど、自慢したいのが強いみたいだった。
「だけど、桜ちゃんとも、しばらく会うておらんなぁ。……会えんのだけどな」
「何で?」
「それはな、かくかくこういった事情があるんや」
 つまりはこうゆうことだ。
 二人は昔は一緒にいた。そりゃあもう、今と劣らずラブラブだったらしい。桜ちゃんはその昔から、三途の川の川岸で茶屋をやっていた。互い仕事場は別だったが、仕事を終えたあとは毎日といっていいほど、一緒にいたらしい。
 しかしあまりにもラブラブだったので、閻魔さんは桜ちゃんにかまってばっかりになって、閻魔大王の仕事である、死人の今後の振り分けを、適当にやるようになってしまったのである。
 閻魔さんには、パパがいた。閻魔パパは、この地獄という場所が創設されてから目の前の閻魔さんに役目を譲るまで、ずっと真面目に仕事をやっていた。つまり目の前の閻魔さんは、二代目閻魔大王ということになる。
 適当に仕事をやるダメ息子に見かねて、パパが二人を引き離してしまったそうな。それで、二人は四年に一度、パパが許した時以外、会うことを禁止されてしまった、とのことである。
 話を聞き終えて私は思った。……なんだその、なんちゃって織姫と彦星は。マヌケすぎる。
「だからなぁ、だからなぁ」
 思い出し泣きしているようである。泣くな、鬱陶しい。
「俺は真面目に仕事せないかんのだ。もう一回桜ちゃんと一緒にいられるように、それに……」
「それに……?」

「電話しすぎて、毎月の携帯代が、やばい」

 私たちはあきれ果てた。
なんとまぁ、俗的で情けない閻魔大王だこと。

「だから俺は真面目に仕事する! あのくそ親父から、桜ちゃんを取り戻すまで!」
 なんかよくわからないうちに、閻魔さんはやる気満々になった。……やる気満々になったところで、放っておいた書類を再び手にとった。どうやら私たちの今後の行き先を、真面目に考えているらしい。……無駄だと思うけどね。
 真面目にやっているかどうか、少し怪しいところだ。結構動機が不純だしね。

 しばらく書類と格闘して――閻魔さんは首をひねった。
「……お前ら妙やな」
「何が?」
「確かに、魂はこっちに来ておるが……お前ら、現世で生きておるぞ」
「は?」
 間抜けな声を出したのはKである。
 閻魔さんは続ける。
「肉体は眠っているだけや。お前らの魂からは、死臭がせん。多分、魂の一部が来てしまったんやろ」
 しばしの沈黙の後、
「ええええええ!」
 叫んだのはKである。
「嘘じゃないって。ホレ、見てみい」
 閻魔さんはそう言って、指で輪っかを作った。親指と人さし指がくっついた瞬間、輪っかは鏡になった。いや、鏡になったと思ったら、何かの像が映し出された。
 映像の中で、Kは、布団の中に入って目を閉じている。そして、胸が規則正しく上下に動いていた。……思わず、美人は寝てても美人だな、と思った。
 Kが生きているとなると、同じ薬を同じ量だけ飲んだ私も、もちろん生きているということになる。
「なんでなんでなんで? あれだけじゃ駄目だった?」
「お前ら……一体何飲んだんだ?」
 私たちが飲んだのは、ドリエルという、市販で売っている睡眠改善薬である(精神科とかに行く勇気は互いになかったのである)。十五歳以上の大人で、一回の使用は一日二錠まで、とされている。そして、私たちが飲んだのは、
「十錠だよ」
 Kが言った。結構な量である。彼女はこれで死んだという自信があったようだ。しかし次の瞬間、閻魔大王は盛大に口を広げて、
「ハハハ! お前ら、バカだなぁ。それは自殺やなくて、ただの薬の服用やでぇ。そんなんで、死ぬわけ、ないやろが!」
 大爆笑した。
 Kが私を睨んできた。私はその視線から逃れるように、自分の目を右斜め上四五度にそらした。

「でも、お前ら、何でこっちに来てしまったんやろなぁ」
 それは私も知りたいところである。ただ寝ているだけだったら、こんな場所に来ることなんて、無いだろうに。その時の私とKは首をひねるばかりであった。
 もし本当に魂の一部が地獄に行ってしまったのだったら、おそらく、私とKの「地獄を見てみたい」という願望(Kの方が強いと思われる)が、この場所に送ったのだろうと、今の私は考えている。夢かもしれないから、何ともいうことはできないが。
 閻魔さんはさらに続けてくる。
「なぁ、何で、お前ら、死のうと考えたん? 俺は長いことこの仕事やっておる。勿論、自殺してきたやつも、仰山いた。だけどな、お前らからは、その理由が、読めんのや」
 閻魔さんのそんな質問に、

『本当に地獄なんて場所があるか、気になったから』

 私達は口をそろえて言った。
 閻魔さんは唖然とした顔を作ったと思ったら、また爆笑し始めた。
「おもろい! お前ら、おもろいわ! いやぁ、そんな奴ら、初めてや」
 そりゃそうでしょうよ。世間一般の常識では、「生きている間に悪い事をした人が行く場所」である。そんなとこ、行ってみたいと思う人間なんて、少ないだろうよ。

 *

 さて、その後、閻魔さんは私たちに、離れてしまった魂の一部を戻す方法を教えてくれた。
 ただ一つ。
 寝ている現世の肉体が、起きるのを待つだけである。
 眼がさめると、自動的に引き戻されるらしい。
「ほんとかよ」
 私は疑いのまなざしを閻魔さんに送った。こいつは適当に仕事をやることに関しては、前科一般持っている。
「ホンマやでぇ。信じてくれな。大体戻る時って前兆があってな」
「前兆?」
「ああ、体が透けてくるんやー。そう、お前のそんな感じに」
 私は閻魔さんに指をさされた。さされた右腕を持ち上げてみると、確かに関節から指先までが透けていた。……て!
 私はKの体を見た。同じように、透け始めている。ということは、
「おお、お前ら、戻れんなぁ。よかったな」
 閻魔さんがそう言っている間にも、足先から、指先から、私とKの体はどんどん透けて消えていく。
「次に、もし会った時は、俺と桜ちゃんは一緒に暮らしとるから、祝福してや」
 閻魔さんがそう言ったのが、最後だった。

 

した、に続く

 

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