四季、地獄めぐり した

 

 ……瞼に眩しい光を感じた。
 私は瞳をゆっくりと開けた。まず、見慣れた天井が視界に入ってきた。首を回す。パソコン、本棚、机、洋服ダンス。変わらない、自分の部屋。
 ゆっくりと体を起こした。頭がボーっとする。睡眠薬というものに飲みなれてない私の体には、十錠は効きすぎるというぐらい効きすぎたらしい。
 ベットの横に置いてある、時計に目をやった。太くて短い針は三を、細くて長い針は十二を指していた。周りは明るかった。ということは、
「午後三時……?」
 最後に時計を見たのは、確か午後九時だった。ということは、私はたっぷり十八時間眠っていたということになる。
 自室を出て、居間に行った。
 誰もいないので、私は一人で遅い朝食兼昼食を作って食べた。
 ご飯を作って食べていると、頭の靄がとれて、だんだんはっきりしてくるのがわかる。それと同時に、寝ている時の、よくわからない体験のことを、鮮明に思い出してきた。
 灰色の桜と桜ちゃん、船頭さんと渡し船。閻魔さん。
 現実味はないけど、夢にしては生生しかった。しかし、寝ている間だから、やっぱり夢なのか、しかし閻魔さん曰く、魂の一部が行っちゃったらしいからやっぱり現実なのかどうなのか……。実は魂の一部が地獄に行ったとかも、私の夢の中の出来事なのかどうなのか。
 よくわかんね。私は茶碗の中に残っている米粒の征服にとりかかった。

 夕食後、私はKに電話してみた。メールでもなく、久しぶりに声を聞いてみたかったのである。
「もしもし? K?」
「うん、おはよー」
 最早おはようの時間ではない。おそようの時間だ。(おはようじゃなくっておそいようの造語)
「なんだお前、寝てたのか」
「いや、起きてた。今日起きたの、実は三時でさぁ」
「私も起きたのが三時だった」
「へぇ……」
私は昨日今日の、夢のようなよくわからない体験について切り出そうとするけど、どこから話したらいいかよくわからなかった。のどの奥がつっかえているような気がして、うまく出せなかった。
 どうやって話そうかな……。と思っていたら、Kの方から話してきてくれた。
「それにしても、昨日はすごかったね」
「うん」
 私は相槌を打った。この一言で、昨日の体験が共通だったということが証明された。
「閻魔さんと桜ちゃん、すごかったね。バカだったね」
「うん」
「なんだかんだで、なんか愉快だったね」
「うん」
「……お前、確信犯だったろ」
「まぁね」
 睡眠導入剤による自殺は、本当に多量に飲まなければならない。百錠ぐらい飲んで致死量に至るものが多い。有名なバファリンあたりだと、二百錠ぐらいが致死量である。そして、そのぐらい集めるためには、時間をかけて精神科などに通わなければならない。市販のものもあるが、医師の処方せん無しでは、手に入らない場合もある。また、その人の体格や健康状態によって大きく左右されるので、個人差もあるのである。
 十錠なんかで、死ぬわけがない。
古典から問題作までをモットーに、そして「完全自殺マニュアル」まで読んでいる文学少女の私は、初めから知っていたのである。こんなんで死なない、ということを。
私は、死ぬ気はサラサラなかったのである。
 私が考えた算段は、Kを寝かせて、これで死んだと思わせることだった。寝てしまえば、地獄があるか気になるとか、そんな変な自殺願望も消えるんじゃないか、とも思ったからである。そして、一緒に死んだと見せかけて、同じ分量だけ私も飲んだ。
 結果、Kは簡単に騙されてくれた。……まさかあの体験は、私の予想範囲外だったけど。結果、私もKも死なない、そして、よくわからん願望もかなえられたわけだ。
「まさかお前に騙されるとは思わなかった」
「私も、騙せるとは思わなかった。まぁ、いいじゃん。結果オーライってことで」
 私は急におかしくなって、笑った。
 そこから私たちは、昨日の体験について、とっぷりと語りあった。地獄にも金が必要だったとか、蹴られて痛かったとか、いろいろ。やっぱりあれは私たち二人の体験だったのだ。現実なのだか、同じ夢を共有したのかどうかはやはりわからないが。
 ふと、私は話を一番はじめに戻すことにした。やっぱりこれだけは聞いておきたかった。
「Kさ、」
「ん?」
「何で、地獄があるか気になったん?」
 私は昨日した質問を、もう一度、今度は電話で聞いてみた。
「だから、なんとなくだって」
「……そうか」
 おそらく嘘だろうな、と感じた。まぁ、言わないなら、言いたくないなら、別にいいや。とか思っていたら、Kが口を開いた。話してくれるらしい。
「いや、家のお父さんさ」
「うん」
「数年前に、死んだんだよね」
 初耳である。というよりも、Kの身内について聞くのは初めてである。私もKも互いの家庭の事情を聞いたりするのが面倒な――というより、どうでもいいと思っていたので、
私は何も言わずに黙ってKの話を聞くことにした。
「お父さん、生前に結構あくどいことやってたから、死後の行先は、地獄だと思うんだよね」
 ひでぇ。親父信用されてねぇよ。
「でさ、もし行き先が地獄だったら、それはどんなところで、ほんとにあるのかなーと思って、見てみたくなっただけ」
「それで死ぬかーとか、言ってたわけ?」はっきり言って馬鹿馬鹿しい。
「だってそうしなきゃ、本当にあるか、わからないだろ」
 そりゃあ、そうだけど。結局は私によって、彼女は死ぬ機会を逃してしまったようだ。
「結構死ぬの、本気だった?」
「うん。でも、一人だとなんか嫌だったから、お前を誘ってみたら、乗ってくれた」
「……誘うなよ。私は死ぬつもりなんかないんだ。妙なことに巻き込むな」とか言いながら、乗ってしまったけど。
「死ぬ理由が私になるって言ったの、お前だぞ。……それに、一人で死んでたまるか。行くなら、お前も道連れだ」
 確かに。私は苦笑した。今のは一体、どんな愛の告白だろう。でも、まぁいい。互いに友人が少ないから、こんなこと言えるの、私ぐらいなのだろう。私も、こんなことを言えるのは、Kぐらいだ。きっとKと一緒に死んでも、私が退屈することはないのだ。
「ついでに言うと、私が本当に死んだら、遺書に「△△(私の名前だ)が死んで地獄があるかどうか確かめろ、と言ったので死にます」って書くつもりだった」
 ……あぶねぇ。Kが死ななくてよかった、と心底思った。
 私は最後の質問をKにした。
「今も、死んでみたいって、思ってたりする?」
「いいや。それよりも、生きてるっていいなって思った」
 声が明るかった。Kからは、昨日と違って、死んで地獄を見てみたい願望が綺麗に消えていた。この体験のせいかもしれないけれど、死ぬ機会を逃したからかもしれないけど、いいことだ、と思った。
 死にたいと思うこころは、案外馬鹿馬鹿しかったのかもしれない。
 私は電話を切った。
 それ以来、Kから死ぬだ自殺だの単語を聞いたことはない。
 結局地獄という場所はなんだったのだろうか。本当にああいった場所なのだろうか。案外、宗教というものは死後の世界とは関係ないのではないか。
 だけど、それは、誰も死んでいないからわからない。
 パンツが必要なのかもわからない。

 ……さて、これにて私と友人Kの、十年前の奇妙な体験は、これで終了である。結局のところ、この私たちの体験談は「地獄を見ようと思って死のうとしたら全然死なないで寝たまま死後の世界に行った」という、とてつもなく間抜けでバカなものだった。
その後、桜ちゃんと閻魔さんが無事に一緒に暮らせているか、三途の川の船頭さんがちゃんと家族を養えているかどうかなどの事は、私たちのあずかり知ることではない。
あの話は今でも夢か現実だか、どちらかに断定することはできていない。もしかすると閻魔さんたちも、私たちの夢が作り上げた妄想で、私とKも偶然同じ夢を見たに過ぎないのかもしれない。しかし、私は昔とかわらず、どちらでもいいと思っている。過ぎたことだし、こうやって笑い話にすることができたから。
しかし、もう一回行ってみたいかどうかになると、話は別だ。閻魔さんは次あったら、という仮定の話をしていたが、今この時に、次の話をしたくはない。もし、次があるとしたら、今度は死んだ時だと思うからだ。今は生きているのだから、そんな話はしたくはない。おそらくKも同じことを思っている。
だけど、もし私が死んだ時は、あそこ以外の別の場所に行ってみたいと思う。死後の世界は一つだけではなく、まだどこかに別の場所があると思うから。そして、行き先を決める時は、是非地獄の二代目閻魔大王ではないことを祈っている。
いかがだっただろうか。この話で、ご静聴して下さった皆様が、少しでも面白がってくれていれば、話した甲斐があったと思う。
 最後に、私とKの、最初の質問の、今の答えを記して、閉めにしたいと思う。もう二度と、あの場所に行かぬこと、もう二度と彼らに会わぬことを祈って。
 ここまでお付き合いしてくれてありがとう。
では皆様、よい人生を。


再び、
Q,地獄ってあると思う?

A,そんなこと言ってくる奴は、一回死んで確かめろ!


                             了

 

あとがき、につづく

 

 

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